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家にいる人  作者: 亀


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第八十九章 戻ってきたもの

十一月の終わり頃、朝から雨が降っていた。


周は窓を開けて外を見た。


庭の地面が濡れている。


昨日まで残っていた落ち葉も、雨に張りついていた。


「今日は掃けないね。」


劉が言った。


「雨が止んでからでいい。」


周は窓を閉めた。


昼前になっても、雨は止まなかった。


二人は家の中で過ごした。


劉は洗濯物を畳み、周は古い新聞をまとめた。


昼食を食べ終わった頃、携帯が鳴った。


老張と一緒に病院へ行った仕事仲間からだった。


「周さん。」


「うん。」


「老張、今日退院するって。」


「もう?」


「本人が帰りたいって。」


「そうか。」


「医者からはしばらく無理しないように言われたらしい。」


「それなら、仕事は休むのか?」


「しばらくは休むって。」


周は少し考えた。


「家でゆっくりすればいいな。」


「本人は暇になるって言ってたよ。」


「元気だな。」


二人で笑った。


電話を切る。


劉が聞いた。


「老張?」


「今日退院だって。」


「よかったね。」


「うん。」


それからしばらくして、周の携帯に別のメッセージが届いた。


老張本人からだった。


《退院した。今度、飯でも食おう。》


周は画面を見た。


短い文章だった。


《分かった。無理しないで。》


そう返した。


すぐに返信が来た。


《お前に言われたくない。》


周は笑った。


劉が横から覗く。


「何?」


「俺も無理するなって言われてるから。」


「そうでしょう。」


「そうだな。」


夕方になって、雨が少し弱くなった。


周は玄関を開けて外へ出た。


空気が冷たい。


庭には水たまりができている。


朝まで張りついていた葉が、雨に流されて端に集まっていた。


周はほうきを持った。


「今から掃くの?」


劉が聞いた。


「少しだけ。」


「滑るよ。」


「分かってる。」


周はゆっくり庭へ出た。


葉を集める。


雨の日は、乾いた日より重い。


ほうきを動かすたびに、泥が跳ねた。


三分ほどすると、腰が少し重くなった。


周はそこでやめた。


「もう終わり?」


劉が笑った。


「今日はこれでいい。」


「珍しい。」


「濡れてるからな。」


周はほうきを立てかけた。


昔なら、始めたことは最後までやろうとした。


途中で疲れても、もう少しやる。


もう少しだけ。


そうして、あとから腰が痛くなる。


今は、途中でやめてもいいと思える。


全部終わらなくても、明日がある。


家の中へ戻ると、劉がタオルを渡した。


「手、拭いて。」


「ありがとう。」


周は手を拭いた。


そのとき、玄関の外から声がした。


「周さん。」


王だった。


「どうした?」


「ちょっと通ったから。」


王は雨の中、傘を閉じた。


「老張、退院したんだって?」


「さっき連絡が来た。」


「そうか。」


王は靴を脱いだ。


「この前、息子の話しただろ。」


「うん。」


「給料が下がるっていう話。」


「覚えてる。」


「結局、息子から連絡が来てな。」


王は椅子に座った。


「来月から勤務時間が少し変わる。でも、給料は思ってたほど下がらないらしい。」


「そうか。」


「俺、最初からもっと詳しく聞けばよかったんだよな。」


周は何も言わなかった。


「給料が下がるって聞いたとき、頭の中で勝手に話を作ってた。」


「そういうことはあるな。」


「会社が悪いとか、息子が損してるとか、すぐ考えた。」


「実際は?」


「勤務時間の変更で、手当が一部なくなるだけだった。」


王は苦笑した。


「本人は最初から知ってた。」


「じゃあ、問題なかったんだな。」


「本人にとっては、そうだったみたいだ。」


周は湯を沸かし始めた。


「お茶、飲む?」


「もらおうかな。」


三人でお茶を飲んだ。


王は湯呑みを両手で持っていた。


「俺、息子のことを心配してるつもりで、知らないことまで決めつけてたんだな。」


劉が台所から言った。


「心配すると、いろいろ考えちゃうからね。」


「そうなんですよ。」


王は笑った。


「でも、考えたことと実際のことは違う。」


周は湯呑みを置いた。


「そこを分けるだけでも、少し違うだろ。」


「うん。」


王はしばらく考えた。


「息子には、まだ言ってない。」


「何を?」


「俺が勝手に考えてたってこと。」


周は少し笑った。


「言わなくてもいいんじゃないか。」


「そうかな。」


「本人に余計な負担をかけないなら。」


王は頷いた。


「そうだな。」


雨がまた少し強くなった。


窓ガラスに水滴が流れていく。


王は時計を見た。


「そろそろ帰る。」


「気をつけて。」


「ありがとう。」


玄関で靴を履きながら、王が振り返った。


「周さん。」


「ん?」


「前より、話しやすくなったな。」


周は少し驚いた。


「そうか?」


「うん。」


王は笑った。


「昔は、すぐ結論を言ってた。」


「俺もそうだった。」


「今は、聞いてる時間が長い。」


「年を取っただけだろ。」


二人で笑った。


王が帰ったあと、劉が玄関を閉めた。


「本当に変わったね。」


「何が?」


「あなた。」


周は少し考えた。


「そうかな。」


「前だったら、王さんの息子の話を聞いて、すぐ『こうすればいい』って言ってた。」


「昔はそうだったな。」


「今は、聞くだけ。」


周は靴を脱いだ。


「聞くだけのほうが、分かることもある。」


「そうね。」


夜、息子から電話があった。


「父さん。」


「うん。」


「来月の休み、取れた。」


周は少し笑った。


「帰ってくる?」


「一泊だけ。」


「そうか。」


「土曜日の夜に着く。」


「分かった。」


「何か食べたいものある?」


「お前が食べたいものを食べればいい。」


「じゃあ、魚。」


周は笑った。


「また魚か。」


「父さんが好きだから。」


「そうか。」


電話を切ったあと、周は台所へ行った。


「息子、来月帰ってくるって。」


劉の顔が明るくなった。


「本当?」


「土曜日。」


「何を作ろう。」


「まだ一か月あるぞ。」


「でも、魚は買っておかないと。」


「早すぎる。」


二人で笑った。


夜が深くなった。


雨はいつの間にか止んでいた。


周は窓を少し開けた。


濡れた地面から冷たい空気が入ってくる。


庭の葉は、まだ地面に残っている。


明日の朝になれば、また掃けばいい。


息子が帰ってくるのは、一か月後。


それまでにも、何かが起きるかもしれない。


何も起きないかもしれない。


周には分からない。


ただ、帰ってくる日が一つ決まった。


それだけで、家の中に少しだけ予定が増えた。


周は窓を閉めた。


台所では、劉が冷蔵庫を開けている。


「魚、今から買わないよ。」


周が言うと、


「分かってる。」


と返ってきた。


二人はまた笑った。

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