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家にいる人  作者: 亀


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第八十七章 聞かなかった話

十一月に入ると、朝の空気が冷たくなった。


周は布団から出る前に、窓の外を見た。


庭の木の葉がかなり減っている。


「今日は寒いね。」


隣から劉が言った。


「そうだな。」


周はゆっくり起き上がった。


朝食を済ませたあと、二人で近所の市場へ出た。


最近できた食堂の前を通ると、まだ開店前なのに店の中に明かりがついている。


「もう準備してる。」


劉が言った。


「昼からだからな。」


店の前には、野菜の入った箱がいくつか置かれていた。


周は少し立ち止まった。


店の主人が箱を運んでいる。


「おはようございます。」


主人が気づいて声をかけた。


「おはよう。」


「今日は寒いですね。」


「そうだな。」


「もう少ししたら、冬のメニューに変える予定です。」


「そうなのか。」


「はい。」


それだけ話して、周と劉は市場へ向かった。


帰り道、劉が言った。


「店の人、忙しそうだったね。」


「新しく始めたばかりだからな。」


「続くといいね。」


「そうだな。」


家に戻ると、周は買った野菜を台所へ運んだ。


そのとき、携帯が鳴った。


息子からだった。


「父さん、今いい?」


「いいよ。」


「ちょっと聞きたいことがある。」


「何?」


「前に、仕事のことで相談した人いたよね。」


「うん。」


「その人、最近どうしてる?」


周は少し考えた。


誰のことを言っているのか、すぐには分からなかった。


「誰だ?」


「ほら、前に電話で話した人。」


「何人かいるけど。」


「仕事を休んだ人。」


「ああ。」


周は思い出した。


「まだ休んでると思う。」


「そうなんだ。」


「どうして?」


「いや、知り合いが似たような状況になったから。」


周はそれ以上聞かなかった。


息子も詳しく話さなかった。


「それなら、本人と会社で話してるんだろ。」


「うん。」


「周りが聞いても、分からないことが多いからな。」


「そうだね。」


少し沈黙した。


息子が、


「父さん、昔はこういう話、もっと聞いてきたよね。」


と言った。


「そうだったな。」


「今は聞かないね。」


「聞いたところで、俺には分からないこともある。」


「うん。」


電話の向こうで、息子が少し笑った。


「そのほうが楽だよ。」


「そうか。」


「じゃあ、また。」


「うん。」


電話を切った。


劉が台所から顔を出した。


「息子?」


「そう。」


「何だったの?」


「仕事の話。」


「また仕事?」


「そうみたいだな。」


周は笑った。


昼食のあと、周は庭の落ち葉を掃いた。


風が強くなっていた。


掃いたそばから、隣の木から葉が落ちてくる。


「また落ちてる。」


劉が玄関から言った。


「仕方ない。」


「さっき掃いたばかりなのに。」


「全部なくそうとするから疲れるんだ。」


周はそう言って、自分で少し笑った。


劉も笑った。


「昔のあなたなら、全部なくそうとしてたね。」


「そうかもしれない。」


周はほうきを止めた。


「でも、落ち葉は落ちるからな。」


「そうね。」


午後、王がやってきた。


手には小さな袋を持っている。


「これ、もらったから。」


「何?」


「みかん。」


「ありがとう。」


二人で庭の椅子に座った。


王がみかんを一つ剥いた。


「この前、息子と少し話した。」


「給料のこと?」


「うん。」


「どうだった?」


「今の仕事を続けるって。」


「そうか。」


「俺も、もう何も言わなかった。」


周はみかんを一房食べた。


「それで?」


「それだけ。」


王は笑った。


「前なら、そこから一時間くらい話してた。」


「何を?」


「将来のこととか、金のこととか、仕事のこととか。」


「今は?」


「本人が話したいときに聞けばいいと思うようになった。」


周は頷いた。


「でもな。」


王はみかんの皮を折りたたみながら言った。


「何も聞かないっていうのも、少し難しいな。」


「そうだな。」


「心配してるのに、聞かないんだから。」


「聞かないことと、心配しないことは違うからな。」


王は周を見た。


「それ、誰かに言われた?」


「いや。」


「自分で思った?」


「最近な。」


王はしばらく黙っていた。


そのあと、


「俺もそう思う。」


と言った。


二人はみかんを食べた。


しばらく、どちらも話さなかった。


夕方になると、王は帰っていった。


周は庭の椅子を片付けた。


家に入ると、劉が夕飯を作っている。


「みかん、おいしかった?」


「うん。」


「何個食べた?」


「二個。」


「食べすぎ。」


「みかんくらいいいだろ。」


「そうだけど。」


二人で笑った。


夕食のあと、周は古い棚の整理をした。


奥から、昔の手紙が何通か出てきた。


仕事をしていた頃のものだった。


ほとんどは、もう内容を覚えていない。


一通を開いてみる。


紙は少し黄ばんでいる。


そこには、昔の同僚からの短い文章が書かれていた。


「また一緒に仕事できるといいな。」


周は読み終えて、元に戻した。


その人が今どうしているのか、周には分からない。


何年も連絡を取っていない。


手紙を書いたときには、二人とも、これからも何度も会うと思っていたのかもしれない。


けれど、人の生活はいつの間にか別の方向へ進んでいく。


約束したわけでもないのに、会わなくなる。


それでも、昔一緒にいた時間がなくなるわけではない。


周は手紙を棚に戻した。


劉が聞いた。


「何だったの?」


「昔の手紙。」


「誰から?」


「昔の同僚。」


「まだ持ってたんだ。」


「うん。」


「捨てないの?」


周は少し考えた。


「今日はいい。」


劉は笑った。


「またそれ。」


「何が?」


「今日はいい、って。」


周も笑った。


夜になった。


布団に入る前、周は携帯を確認した。


息子から新しい連絡はなかった。


周はそのまま携帯を置いた。


何も連絡がない日もある。


それは、何かが起きているという意味ではない。


ただ、その日は連絡がなかった。


それだけだった。


周は電気を消した。


隣で劉が寝返りを打った。


外では風が吹いている。


庭に残った葉が、地面を擦る音がした。


明日の朝になれば、また何枚か落ちているだろう。


周は目を閉じた。


全部を拾う必要はない。


必要なときに、必要な分だけ拾えばいい。


そう思いながら、眠りについた。

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