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家にいる人  作者: 亀


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第八十二章 なくなった店の前で

店が閉まってから、一週間ほど経った。


周は市場へ行く途中、いつもの道を通った。


角を曲がると、以前の食料品店が見える。


シャッターは閉じたままだった。


入口の横に貼られていた紙もなくなっている。


店の前だけ、少し広く見えた。


周は自転車の速度を落とした。


中には何も見えない。


棚も、冷蔵庫も、もうないのだろう。


そのまま通り過ぎようとしたとき、向かいの家から一人の女性が出てきた。


「周さん。」


「こんにちは。」


女性は店のほうを見た。


「静かになりましたね。」


「そうだな。」


「子どもの頃、よくあそこで買ってました。」


「そう言ってた人、最後の日にもいたよ。」


「そうなんですか。」


女性は少し笑った。


「私も行けばよかった。」


「また何か店ができるかもしれないよ。」


「そうですね。」


それだけ話して、女性は自分の家へ戻っていった。


周も自転車を押して歩き出した。


市場で買い物をして帰る途中、今度は店の前に小さなトラックが止まっていた。


作業員が二人、店の中から何かを運び出している。


周は少し離れたところから見た。


「もう誰か使うのかな。」


後ろから声がした。


振り返ると、王だった。


「分からない。」


「不動産屋に聞いたら、次の人が決まったらしいよ。」


「何の店?」


「まだ知らない。」


二人はしばらく立っていた。


作業員が古い棚を一つ運び出した。


「前の店のもの?」


王が聞いた。


「たぶん違うだろ。」


「そうか。」


トラックの荷台には、いくつかの段ボールが積まれていた。


新しい店ができるとしても、まだ何も分からない。


二人はそこで別れた。


家に帰ると、劉が昼食の準備をしていた。


「店のところ、もう誰か来てたよ。」


「そうらしい。」


「何の店?」


「まだ分からない。」


劉は少し考えてから、


「また食料品店だったら面白いね。」


と言った。


「同じ店にはならないだろ。」


「分からないよ。」


「そうだな。」


昼食を食べ終わったあと、周は庭の椅子に座った。


携帯を見ると、息子からメッセージが届いていた。


「仕事終わった。今日は早い。」


周は、


「そうか。お疲れ。」


と返した。


少しして、


「この前の問題、助かった。」


と届いた。


周は、


「役に立ったならよかった。」


と返した。


それだけで終わった。


携帯をポケットに入れる。


以前なら、そこから仕事の話を聞いたかもしれない。


何時まで働いたのか。


何があったのか。


誰と働いたのか。


今は、息子が話したいことがあれば聞けばいいと思っている。


話さないことにも、それなりの理由がある。


午後、周は庭の隅に置いてあった古い植木鉢を動かした。


底にひびが入っている。


「これ、捨てる?」


劉が聞いた。


「まだ使える。」


「ひび入ってるよ。」


「土を入れるだけなら大丈夫だろ。」


「水が漏れるよ。」


周は植木鉢を持ち上げた。


確かに、底には大きなひびが入っている。


少し考えてから、


「じゃあ、捨てよう。」


と言った。


劉は笑った。


「珍しいね。」


「使えないなら、仕方ない。」


「昔だったら、何かに使おうとしてたよ。」


「昔は何でも取っておいたからな。」


「そうだった。」


二人で植木鉢をゴミ置き場へ運んだ。


その帰り道、劉が言った。


「店も同じなのかな。」


「何が?」


「古くなったら、なくなる。」


周は少し考えた。


「店は人が決めることだからな。」


「そうだね。」


「残したい人がいれば残るし、続けられなければ終わる。」


劉はそれ以上言わなかった。


夕方、周は買い物に出た。


いつものスーパーへ向かう途中、閉店した店の前をもう一度通った。


トラックはなくなっていた。


シャッターの前には、新しい紙が一枚貼られている。


「内装工事のお知らせ」


周は足を止めた。


その下に、新しく入る店の名前が書かれていた。


小さな食堂らしい。


周は少し見てから、自転車に乗った。


何の店になるのか、まだ外からは分からない。


数週間後には、看板が出るのだろう。


その頃には、前の店のことを思い出す人も少なくなるかもしれない。


それでも、何年もそこにあった時間が消えるわけではない。


ただ、今そこにあるものが変わった。


周は信号を渡った。


スーパーに着くと、入口で知らない若い男性とすれ違った。


男性は買い物袋を持っていた。


周は何も言わず、中へ入った。


米、卵、野菜。


いつものものを買う。


帰り道、空は少し赤くなっていた。


家に戻ると、劉が玄関を開けた。


「遅かったね。」


「スーパー混んでた。」


「そう。」


周は買い物袋を渡した。


劉が中身を確認する。


「卵、買った?」


「買った。」


「よかった。」


それだけだった。


夜になって、周は玄関の外に出た。


角の店には、まだ明かりがない。


けれど、そのうち新しい看板がつく。


誰かがそこで働き、誰かが客になる。


その店を長く使う人もいるかもしれない。


一度だけ入って、それきりの人もいるだろう。


周にはまだ何も分からない。


ただ、なくなったものの場所に、別のものができていく。


そういうことも、町では珍しくなかった。


周は玄関の戸を閉めた。


家の中では、劉がテレビを見ている。


いつもの夜だった。

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