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家にいる人  作者: 亀


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第八十一章 店を閉める日

八月の終わり頃、近所の小さな食料品店が店を閉めることになった。


周は朝、市場へ向かう途中で店の前を通った。


入口の横に、「今月末で閉店します」と紙が貼ってある。


その下に、簡単な挨拶が書かれていた。


周は自転車を止めた。


店の中には、いつもより少ない商品が並んでいる。


棚の隙間が目立っていた。


「本当に閉めるのか。」


店の主人が奥から出てきた。


「うん。もう決めた。」


「長かったよな。」


「二十年くらいかな。」


主人は笑った。


「最初はもっと続けるつもりだったんだけどな。」


周は店の中を見回した。


この店には、以前から何度も来ていた。


米を買ったこともある。


調味料を買ったこともある。


息子がまだ小さい頃には、学校帰りに菓子を買わせたこともあった。


「どうして閉めるんだ?」


周が聞くと、主人は少し考えた。


「一つじゃないよ。」


「そうか。」


「人が減った。仕入れも高くなった。近くに大きな店もできた。俺も年を取った。」


主人は棚を拭いた。


「どれか一つなら、まだ続けたかもしれない。でも、いろいろ重なったからな。」


「次は?」


「まだ決めてない。」


「店をまたやる?」


「たぶん、やらない。」


主人は笑った。


「もう少し休んでから考える。」


周は頷いた。


「それがいいかもしれないな。」


「周さんは、仕事どうしてる?」


「今はあまりしてない。」


「そうか。」


二人はしばらく店の入口に立っていた。


通りを自転車が一台通り過ぎる。


昔は、この時間になると近所の人がもっと歩いていた。


そんな話を主人がした。


周は昔のことを思い出した。


店の前には、子どもが何人も集まっていた。


学校が終わる時間になると、菓子や飲み物を買う子どもが増えた。


今では、子どもたちの多くが少し離れたスーパーへ行く。


周自身も、最近はそちらへ行くことが多い。


便利だからだった。


「時代が変わったってことかな。」


主人が言った。


周は少し考えて、


「変わったんだろうな。」


と答えた。


それ以上、どちらも何も言わなかった。


周は卵と醤油を買った。


「閉店だから、安くしてるんだけどな。」


主人が言った。


「じゃあ、卵もう一つもらおう。」


「そんなに買ってどうする。」


「食べる。」


二人で笑った。


家に戻ると、劉が買い物袋を受け取った。


「今日は遅かったね。」


「店が閉まるって。」


「どこの?」


「角の店。」


劉は驚いた顔をした。


「あそこ?」


「今月で終わり。」


「ずっとあったのに。」


「二十年くらいだって。」


劉は買った卵を冷蔵庫に入れながら言った。


「私がここに来た頃からあったね。」


「そうだな。」


二人とも、しばらく黙った。


二十年という時間は長い。


けれど、その間に、自分たちの家もずいぶん変わった。


息子が生まれた。


学校へ行った。


家を出た。


仕事を始めた。


結婚した。


家も変わった。


周自身も、昔より体が動かなくなった。


それでも毎日は、特別な区切りを作らずに過ぎていった。


昼過ぎ、劉が言った。


「最後の日、行ってみようか。」


「何を買うんだ?」


「別に買うものがなくてもいいでしょう。」


「そうだな。」


閉店の日は三日後だった。


その三日間、店の棚は少しずつ空いていった。


最後の日の夕方、周と劉は二人で店へ行った。


店内には、もうほとんど商品がなかった。


冷蔵庫も空に近い。


入口のところに、小さな箱が置かれていた。


「自由に持っていってください。」


と書かれている。


中には古い買い物袋が入っていた。


主人がレジの前に座っていた。


「来てくれたのか。」


「最後だからな。」


「何か買う?」


「もうあまりないだろ。」


「そうなんだよ。」


主人は笑った。


「今日は一日、昔の客が結構来たよ。」


「そうか。」


「普段は会わない人も来た。」


「店がなくなるからな。」


「そうだな。」


主人は少し遠くを見るような顔をした。


「店をやってるときは、毎日同じことをしてると思ってた。」


「うん。」


「朝開けて、商品を並べて、客が来て、夜閉める。それだけ。」


周は黙って聞いていた。


「でも、なくなるって決まると、いろんな人の顔を思い出すんだな。」


その言葉に、周は何も返さなかった。


店の外を、若い女性が一人通った。


主人が声をかけた。


「最後だよ。」


女性は店の中を見て、


「本当に閉めるんですね。」


と言った。


「うん。」


「子どもの頃、ここでよくアイス買いました。」


「そうだったな。」


主人は笑った。


女性も少し笑った。


それから、


「長い間、お疲れさまでした。」


と言って、頭を下げた。


主人は、


「ありがとう。」


と答えた。


女性が出ていく。


しばらくして、周と劉も店を出た。


外はもう暗くなっていた。


シャッターはまだ開いている。


明日の朝には閉じられる。


劉が言った。


「明日から、ここはどうなるのかな。」


「分からない。」


「誰か借りるかもしれないね。」


「そうかもしれない。」


二人は家へ向かって歩いた。


途中、周が振り返った。


店の明かりがまだついている。


何年も同じ場所にあった明かりだった。


それが消えることに、特別な意味を持たせる必要はなかった。


店主には店主の事情があり、客には客の生活がある。


店がなくなっても、近所の人たちは別の店へ行くだろう。


買い物をする場所が変わるだけの人もいる。


少し不便になる人もいる。


そこで働いていた人は、別の仕事を探すかもしれない。


すぐに次が決まる人もいれば、時間がかかる人もいる。


周はそんなことを考えながら歩いた。


家に帰ると、劉が冷蔵庫を開けた。


「卵、まだあるね。」


「明日食べればいい。」


「そうだね。」


夕飯を作り始める。


周は庭に出て、蛇口を閉めた。


昼間の暑さは残っていたが、夜風は少し涼しかった。


角を曲がったところから、いつもの店の明かりが見える。


それも今日で終わりだった。


周はしばらく立っていたが、やがて家の中へ戻った。


翌朝になれば、別の店の前を通ることになる。


それもまた、生活の続きだった。

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