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家にいる人  作者: 亀


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第七十七章 借りたもの

息子が来る予定の週になった。


月曜日の朝、周はいつもより早く目を覚ました。


窓を開けると、夜の雨が上がっていた。


庭の葉にはまだ水滴が残っている。


「今日は晴れるかな。」


隣で寝ていた劉が言った。


「たぶんな。」


周は起き上がり、ゆっくり腰を伸ばした。


朝食を済ませたあと、米を買いに出た。


帰り道、近所の張の家の前を通ると、玄関先に段ボールがいくつか積んであった。


「引っ越すの?」


周が聞くと、張が笑った。


「息子が借りてた部屋を片付けてるんだ。」


「もう戻ってこないのか?」


「分からない。」


張は段ボールを一つ持ち上げた。


「仕事の関係で、しばらく別の町に住むらしい。」


「そうか。」


「家賃がもったいないから、こっちに戻ってくればいいって言ったんだけどな。」


張は段ボールを玄関の中へ運んだ。


「本人は、今の仕事なら向こうに住んだほうが楽だって。」


「じゃあ、そういうことなんだろ。」


「俺もそう思うようになった。」


張は少し笑った。


「前なら、絶対戻ってこいって言ってたけどな。」


周は何も言わなかった。


張が続けた。


「ただ、部屋が空くと、家が広くなった感じがする。」


「物がなくなるからな。」


「そうじゃなくて。」


張は少し考えた。


「人がいないって分かるからかな。」


周は段ボールの中を見た。


古い服や、本、電気コードなどが入っている。


「捨てるの?」


「使わないものはな。」


「まだ使えるものもあるだろ。」


「そうなんだけど、本人に聞いたら、いらないって。」


「じゃあ、いらないんだろ。」


張は笑った。


「周さん、最近そればっかりだな。」


「何が?」


「本人に聞けばいい、って。」


周も笑った。


「本人の物だからな。」


その日の午後、周は家に戻って、物置の整理を始めた。


古い工具箱の奥から、昔息子が借りていた小さなドライバーが出てきた。


周は手に取った。


柄の部分に小さな傷がある。


息子が高校生だった頃、机の椅子を直すために使ったものだった。


そのときは、周がほとんど一人で直した。


息子は横で見ていただけだった。


「これ、まだ使えるな。」


周は工具箱に戻そうとした。


そのとき、劉が入ってきた。


「それ、何?」


「昔のドライバー。」


「まだあったの?」


「うん。」


「捨てる?」


周は少し考えた。


「使えるから、置いとく。」


劉はそれ以上何も言わなかった。


夕方、王が電話をかけてきた。


「周さん、この前の五千円の話だけど。」


「うん。」


「息子には貸さないことにした。」


「そうか。」


「車は修理しないと困るらしいから、少しだけ出すことにした。」


「それなら、いいんじゃないか。」


「全部出すんじゃなくて、俺が出せる分だけにした。」


周は「うん」と答えた。


王は少し黙ってから、


「息子にもそう言ったら、分かったって。」


「それでいいだろ。」


「前だったら、俺が全部決めてたと思う。」


「今は?」


「今は、息子にも息子の生活があるって思う。」


電話を切ったあと、周はしばらく携帯を見ていた。


「生活がある。」


その言葉を口の中で小さく繰り返した。


親にも生活がある。


子どもにも生活がある。


同じ家に住んでいた頃には、その二つが重なっているように見えていた。


けれど、家を出て、仕事を持ち、それぞれ違う場所で暮らすようになると、少しずつ別々になっていく。


それは関係がなくなるということではない。


ただ、一人の生活をもう一人が全部引き受けることはできない。


周はそう思った。


夜になった。


劉が夕飯を作っていると、息子からメッセージが届いた。


「明日、そっちに行く。」


周は画面を見て、


「分かった。」


と返した。


すぐに劉へ伝えた。


「明日来るって。」


「何時?」


「まだ聞いてない。」


「聞けばいいじゃない。」


周は少し考えた。


「明日になれば分かるだろ。」


「でも、ご飯。」


「昼に来るなら昼に食べる。夜なら夜に食べる。」


劉は呆れたように笑った。


「そういうところは、ずいぶん変わったね。」


「そうか?」


「前なら、何時に着くか何回も聞いてた。」


「昔はな。」


「今は?」


周はテレビのほうを見ながら答えた。


「来るって分かっただけで十分だろ。」


劉は何も言わなかった。


ただ、冷蔵庫を開けて中を確認した。


「明日は魚にしよう。」


「魚か。」


「嫌なの?」


「嫌じゃない。」


「じゃあ、いいでしょ。」


その夜、周は物置から出した古いドライバーを工具箱の一番上に置いた。


明日、息子が来る。


何を話すかは決めていない。


仕事の話をするかもしれない。


昔の話をするかもしれない。


何も話さないかもしれない。


それでも、会って一緒に飯を食べれば、その日の時間はそれで過ぎていく。


周は工具箱を閉じた。


玄関の外では、遅い時間に帰ってきた誰かの自転車の音がした。


家の明かりが一つずつ消えていく。


周も最後に台所の電気を消して、二階へ上がった。


明日のことは、明日になってから考えればよかった。

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