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家にいる人  作者: 亀


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第七十一章 話さないままのこと

春の雨が上がった翌朝、空は久しぶりに明るかった。


周はいつもより少し早く起きた。


庭に出ると、昨日まで濡れていた土が少しずつ乾いていた。


植えたばかりの苗には、小さな水滴が残っている。


周はしゃがんで葉を見た。


「伸びた?」


後ろから劉の声がした。


「少しな」


「毎日見てるから分からないんじゃない?」


「そうかもしれない」


劉は洗濯物を持って庭に出た。


二人はそれぞれ別のことをしていた。


しばらくすると、劉が言った。


「昨日の写真、見た?」


「見た」


「息子が小さいね」


「小さいな」


「今じゃ、あんなに大きくなった」


周は笑った。


「当たり前だろ」


「分かってる」


劉は洗濯物を干した。


その日の昼前、周は買い物に出た。


帰り道、昔から知っている近所の女性に会った。


「周さん、久しぶり」


「久しぶり」


「息子さん、最近帰ってきた?」


「この前来たよ」


「結婚してるんだっけ?」


「してる」


「子どもは?」


周は少し考えた。


「まだいない」


女性は、


「そう」


と言っただけだった。


少し歩いてから、


「うちの娘もまだなんだよ」


と続けた。


「そうなの?」


「うん。周りはみんな聞いてくるけど、本人は何も言わない」


周は何も答えなかった。


女性も、それ以上は話さなかった。


二人はそこで別れた。


家に戻ると、劉が昼食を作っていた。


「誰かに会った?」


「李さんの隣の人」


「何か話した?」


「子どもの話」


劉は少し笑った。


「そういう話、みんな好きだね」


「そうだな」


「うちも昔はよく聞かれたよ」


「何を?」


「いつ子どもを作るのかって」


周は少し笑った。


「俺たちも聞いたな」


「嫌だった?」


「当時は、あまり考えてなかった」


劉は鍋をかき混ぜた。


「人の家のことって、外から見ると簡単そうに見えるんだよね」


周は答えなかった。


午後、昔の仕事仲間から電話が来た。


「今度、こっちに来るって言ってたな」


「来週になる」


「そうか」


「仕事が少し落ち着いたらしい」


「よかったな」


「でも、また忙しくなるかもしれない」


「そうか」


電話が終わった。


周は携帯を置いた。


最近、自分の周りでは、仕事が変わる人、辞める人、戻る人、遠くへ行く人が増えていた。


昔は、人の生活にはある程度決まった順番があると思っていた。


学校を出て、仕事をして、結婚して、家を買って、子どもを育てる。


その先には、また別の生活がある。


けれど、実際には人によって順番が違った。


途中で止まる人もいる。


戻る人もいる。


一度選んだものを変える人もいる。


最初から選ばない人もいる。


周は、それを最近になって少しずつ見ていた。


夕方、息子から電話があった。


「父さん、今大丈夫?」


「大丈夫」


「この前の話だけど」


「うん」


「仕事、もう少し続けてみることにした」


「そうか」


「前より忙しくなるけど、今のところはやってみようと思う」


「分かった」


「母さんには?」


「まだ言ってない」


「じゃあ、俺から言う」


「分かった」


少し間があった。


息子が、


「父さんはどう思う?」


と聞いた。


周は窓の外を見た。


「やってみて、無理だったら、そのときまた考えればいいんじゃないか」


「うん」


「最初から先のことまで決めなくてもいいだろ」


「そうだね」


「ただ、体だけは気をつけろ」


「分かってる」


電話が終わった。


周は劉に、


「仕事、もう少し続けるって」


と言った。


「そう」


「忙しくなるらしい」


「大丈夫かな」


「本人はやってみるって」


劉は少し考えた。


「じゃあ、やってみればいいんじゃない?」


周は劉を見た。


「そうだな」


二人はそれ以上話さなかった。


夕食のあと、劉は食器を洗った。


周は庭に出た。


苗の葉が少し増えている。


周は水をやった。


そのとき、携帯電話に短いメッセージが届いた。


息子からだった。


「さっきはありがとう」


周は画面を見た。


何に対しての「ありがとう」なのか、周には分からなかった。


仕事の話を聞いたことか。


余計なことを言わなかったことか。


それとも、ただ電話で話したことか。


周は少し考えてから、


「無理しすぎるなよ」


と返した。


しばらくして、


「うん」


と返ってきた。


周は携帯をポケットに入れた。


家の中から、劉が呼んだ。


「ご飯、もう片付けるよ」


「今行く」


周は庭をもう一度見た。


まだ名前を覚えていない花だった。


それでも、毎日少しずつ形が変わっている。


周は水道を閉め、家の中へ戻った。


話さないままのことは、まだいくつもあった。


けれど、それらすべてを今日話さなければならないわけでもなかった。

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