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家にいる人  作者: 亀


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第六十八章 聞かなかったこと

日曜日の朝、息子は予定どおり帰ってきた。


玄関のドアが開く音がして、劉は台所から顔を出した。


「帰ってきた?」


「うん」


息子は靴を脱ぎながら笑った。


「ただいま」


「おかえり」


周は居間から立ち上がった。


「疲れたか?」


「少し」


「先に休めばいい」


「大丈夫」


息子は荷物を置いた。


劉はすぐに、


「ご飯できてるよ」


と言った。


「ありがとう」


三人で昼食を食べた。


魚と野菜と、簡単なスープだった。


「魚、好きなんでしょう?」


劉が言った。


「うん」


「じゃあ、もっと食べなさい」


「そんなに食べられないよ」


周は笑った。


「昔から変わらないな」


「何が?」


「母さんの『もっと食べろ』」


息子も笑った。


食事が終わると、息子は庭に出た。


「これ、何?」


先月植えた苗を見ている。


「花」


「何の?」


「知らない」


「父さんが植えたんじゃないの?」


「名前は忘れた」


息子は苗の札を見た。


「ちゃんと書いてあるじゃん」


「小さくて読めない」


「スマホで撮れば?」


息子が写真を撮った。


「ほら、出てきた」


「何ていう名前?」


「これ」


息子が名前を読んだ。


周は聞いたが、すぐには覚えられなかった。


「まあ、そのうち分かるだろ」


「育てるなら名前くらい覚えたら?」


「花は名前を呼ばなくても育つ」


息子は笑った。


「それはそうだけど」


三人で庭を見ていた。


風が少し吹いた。


午後、息子は居間でスマートフォンを見ていた。


周はテレビをつけたが、音は小さかった。


しばらくして、息子が言った。


「父さん」


「ん?」


「この前、電話で話したこと」


周は顔を上げた。


「何?」


「前に言ってた、仕事の問題」


「ああ」


「まだ続いてる?」


「少しな」


息子はそれ以上聞かなかった。


周も説明しなかった。


しばらくして、息子が、


「大変だね」


と言った。


「まあな」


それだけだった。


周は、自分が昔なら、息子に全部話していたかもしれないと思った。


そして息子が何か言えば、


「お前には分からない」


とか、


「そう簡単な話じゃない」


とか言っていたかもしれない。


今は、話したいことだけ話せばいいと思っていた。


息子にも、聞きたいことと聞きたくないことがある。


親子だからといって、すべてを共有する必要はない。


夕方、息子は帰る準備を始めた。


「次はいつ来られる?」


劉が聞いた。


息子は少し考えた。


「まだ分からない」


「そう」


「仕事の予定が出てから連絡する」


「分かった」


周は黙って荷物を見ていた。


息子が靴を履いた。


「じゃあ、また」


「気をつけて」


「うん」


玄関のドアが閉まった。


劉はしばらく玄関を見ていた。


「もう少しいればいいのに」


「仕事があるからな」


「分かってる」


劉は台所へ戻った。


周も居間へ戻った。


テーブルの上には、息子が飲んだコップが残っていた。


周はそれを片付けようとして、少し手を止めた。


そのままにしておく理由はない。


コップを洗った。


夕方の光が窓から入っていた。


しばらくして、劉が言った。


「今日、楽しかったね」


「そうだな」


「でも、あの話は聞かなかったね」


「どの話?」


「仕事のこと」


周は少し考えた。


「聞けば話したと思うよ」


「そう?」


「たぶんな」


「じゃあ、なんで聞かなかったの?」


周は答えなかった。


聞かないことと、関心がないことは同じではない。


話したくなったら話せばいい。


話したくなければ、話さなくてもいい。


それだけのことだった。


夜、息子からメッセージが届いた。


「今日はありがとう。また連絡する」


周は、


「こちらこそ。気をつけて帰れよ」


と返した。


少しして、


「うん」


と返ってきた。


周は携帯を置いた。


台所では、劉が明日の朝の米を準備していた。


庭の苗には、夜の風が当たっていた。


昼間、息子が撮った写真が、周の携帯に残っていた。


花の名前は、まだ覚えていない。


けれど、写真を見れば分かる。


それで十分だった。

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