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家にいる人  作者: 亀


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第六十五章 戻ったもの

二月に入ると、朝の冷え込みが少しずつ弱くなった。


まだ布団から出ると寒かったが、窓を開けたときの空気には、冬の終わりに近い感じがあった。


劉は洗濯物を干しながら、庭の隅を見た。


「去年ここに何か植えたっけ?」


周は縁側から答えた。


「植えてないだろ」


「そうだったかな」


「去年も同じこと言ってたぞ」


「そう?」


劉は笑った。


「じゃあ、今年は何か植えようかな」


「何を?」


「まだ決めてない」


周はそれ以上聞かなかった。


昼前、近所の李がやって来た。


手には小さな袋を持っていた。


「これ、家で余ったから」


「何?」


「みかん」


周は袋を受け取った。


「ありがとう」


李は玄関に上がった。


「この前の話、覚えてる?」


「どの話?」


「息子の仕事のこと」


「ああ」


李の息子は、しばらく前から仕事を変えるかどうか迷っていた。


李は以前なら、息子が何をするべきかを周に話していた。


今は少し違った。


「結局、まだ辞めてない」


「そうか」


「本人が、もう少し続けてみるって」


「それなら、それでいいんじゃないか」


「俺もそう思うようになった」


李は笑った。


「前だったら、今すぐ辞めろとか、辞めるなとか、何か言ってたと思う」


周はみかんを一つ取った。


「俺も昔はそうだった」


「今は?」


「今も言いたくなることはある」


李が笑った。


「そこは変わらないんだな」


「変わらないよ」


周も笑った。


「ただ、言っても仕方ないことがあるって分かっただけだ」


二人はしばらくテレビを見ながら話した。


李の息子は最近、仕事の帰りが遅いらしい。


給料が特別上がったわけでもない。


職場の人間関係が急に良くなったわけでもない。


それでも、本人は今の仕事をもう少し続けてみると言っている。


「人間って、外から見てるだけじゃ分からないな」


李が言った。


「そうだな」


「親だと、余計に分かったつもりになる」


周は何も言わなかった。


その言葉は、自分にも当てはまると思った。


午後、李が帰ったあと、周はみかんを一つ食べた。


少し酸っぱかった。


劉が横から言った。


「酸っぱい?」


「ちょっとな」


「じゃあ、もう一つ食べてみたら」


「同じ袋だろ」


「でも、全部同じとは限らないよ」


周は二つ目を取った。


今度は甘かった。


「ほら」


劉が笑った。


「だから言ったでしょ」


周は笑いながら皮をむいた。


夕方、息子から電話があった。


「父さん、今大丈夫?」


「大丈夫だ」


「この前の話だけど、来週の土曜日なら行けそう」


「そうか」


「まだ仕事の予定が変わるかもしれないけど」


「変わったら、そのとき連絡すればいい」


「うん」


少し間があった。


「母さんいる?」


「いるよ」


周は劉に電話を渡した。


劉は息子と話し始めた。


「最近ちゃんと食べてる?」


「食べてるよ」


「外食ばかりじゃないでしょうね」


「たまにはするけど」


「野菜も食べなさいよ」


「分かってるって」


二人の会話を聞きながら、周はテレビの音を少し下げた。


しばらくして、劉が言った。


「じゃあ、来週ね」


「うん」


電話が切れた。


劉は携帯を置いた。


「来るって」


「そうだな」


「何作ろうか」


「まだ一週間あるだろ」


「だから考えるんだよ」


周は笑った。


「魚でいいんじゃないか」


「また魚?」


「好きだろ」


「あなたも好きでしょう」


「まあな」


二人は台所へ向かった。


その夜、周は食器を片付けながら、昼間の李の言葉を思い出していた。


親だと、余計に分かったつもりになる。


自分もそうだった。


息子が小さいころは、学校の成績を見れば何を考えているのか分かると思っていた。


大学に行けば、仕事を見れば分かると思った。


結婚すれば、家を買えば、子どもができれば。


人生の順番を知っていれば、その先も予想できるような気がしていた。


けれど、実際には違った。


息子が何を考えているのか分からない日もある。


何を選ぶのか分からない日もある。


それでも、電話がかかってくれば話をする。


来ると言えば、家を少し片付ける。


来られないと言えば、その日はそのままにする。


それだけだった。


翌朝、周は庭に出た。


昨日、劉が「何か植えようかな」と言っていた場所を見た。


土はまだ固かった。


周は少し考えてから、物置から小さなスコップを持ってきた。


何を植えるかは決まっていない。


それでも、土を少し掘った。


しばらくして、劉が窓から顔を出した。


「何してるの?」


「土、少し柔らかくしてる」


「何を植えるの?」


「まだ決めてない」


劉は少し黙った。


「じゃあ、決めてから掘ればいいのに」


「そうだな」


周は笑った。


それでもスコップを置かなかった。


土を掘る音だけが、朝の庭に小さく続いていた。

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