↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家にいる人  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/301

第六十三章 それぞれの朝

年が明けてから、しばらく雨の日が続いた。


周は朝、いつもより少し遅く起きた。


台所では劉が湯を沸かしていた。


「今日は買い物、どうする?」


「雨が止んだら行くよ」


「じゃあ、急がなくていいね」


朝食を終えるころには、雨が少し弱くなっていた。


周は上着を着て、玄関を出た。


近所の道路には、まだ水たまりが残っている。


市場へ向かう途中、小さな店の前に人が集まっていた。


周が近づくと、以前この辺りで店をやっていた女性がいた。


「周さん、久しぶり」


「最近どう?」


「店、もう閉めたの」


周は少し驚いた。


「いつ?」


「先月」


「どうして?」


女性は少し考えてから、


「いろいろあってね」


とだけ答えた。


家賃が上がったこと。


客が少なくなったこと。


自分の体調のこと。


いくつか理由はあったらしい。


しかし、一つだけが原因というわけではなかった。


「今はどうしてるの?」


「親戚のところを少し手伝ってる。まだ決めてないよ」


「そうか」


周はそれ以上聞かなかった。


店を閉めたからといって、その人の生活まで終わるわけではない。


何かを始める人もいれば、やめる人もいる。


しばらく休んでから、また別のことを始める人もいる。


市場で買い物を済ませ、周は家に戻った。


昼食のあと、息子から電話があった。


「今、少し時間ある?」


「あるよ」


「この前の仕事の話なんだけど」


周は聞いた。


息子は、最近の仕事について話した。


担当が変わったことで、以前より忙しくなったらしい。


ただ、まだ続けるつもりだという。


「そうか」


周はそれだけ答えた。


「父さんはどう?」


「俺?」


「最近、仕事してないんだろ?」


「してないよ」


「体、大丈夫?」


「まあな」


息子は少し黙った。


「無理しないでよ」


周は笑った。


「分かってる」


電話が終わったあと、周はしばらく携帯電話を見ていた。


昔、自分が息子に言っていた言葉と、今息子から言われた言葉が、少し似ている。


けれど、同じ言葉でも、立場が変われば聞こえ方も変わる。


周はそれについて、特に何も考えなかった。


午後、近所の王がやって来た。


「ちょっと相談があるんだけど」


周は椅子を出した。


王の娘が、今の会社を辞めるかどうか迷っているらしい。


「本人は何て言ってる?」


「まだ決めてないって」


「じゃあ、まだ決まってないんだな」


「そうなんだけど、周りがいろいろ言うんだよ」


王は笑った。


「親戚なんか、辞めたら次がないって言うし」


周は少し考えた。


「次があるかどうかは、辞める前に本人が調べることじゃないか」


「そうだな」


「でも、親戚が言ったからって、それが本当になるわけでもない」


王は黙っていた。


しばらくして、


「俺もつい言っちゃうんだよな」


と言った。


「何を?」


「辞めるなって」


周は笑わなかった。


「心配だからだろ」


「そうなんだけどな」


王は立ち上がった。


「今日は帰るよ」


「うん」


玄関を出る前に、王が振り返った。


「周さんも、前より変わったな」


「どこが?」


「さあな」


王はそれだけ言って帰っていった。


周は玄関を閉めた。


劉が台所から顔を出した。


「何の話だったの?」


「仕事の話」


「また仕事?」


「最近、多いな」


劉は少し笑った。


「みんな仕事のことばかりだね」


「生活していくには必要だからな」


夕方になると、雨が完全に止んだ。


周はベランダに出た。


雲の隙間から、少しだけ空が明るくなっていた。


道路を歩く人。


自転車で帰る人。


子どもを迎えに行く人。


それぞれが、それぞれの場所から帰ってくる。


周はしばらく眺めていた。


誰かの生活を、自分が代わりに決めることはできない。


自分の生活でさえ、全部を予定どおりにすることはできない。


それでも、人はその日のことを一つずつ片付けながら暮らしていく。


周は部屋に戻った。


劉が夕食を並べていた。


「食べようか」


「うん」


二人はいつものように食卓についた。


外では、雨上がりの道路を車が一台通り過ぎた。


その音が遠ざかると、家の中はまた静かになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。