第六十章 久しぶりの人
十一月に入って、朝の空気が少し冷たくなった。
周は朝食を終えると、玄関の前に置いていた古い自転車を動かした。
タイヤの空気が少し減っていた。
「また乗るの?」
劉が聞いた。
「買い物だけだよ」
「寒いから、上着着ていきなよ」
「分かってる」
周は自転車を押して道路に出た。
市場までは十分ほどだった。
途中の交差点で信号を待っていると、後ろから声をかけられた。
「周さん?」
振り返ると、知らない男が立っていた。
周は少し考えた。
「……誰だ?」
男は笑った。
「前に工事現場で一緒だった張だよ」
周は顔を見て、ようやく思い出した。
「張さんか」
「久しぶりだな」
「何年ぶりだ?」
「五年くらいじゃないか」
信号が青になった。
二人は道の端に寄った。
張は今、別の町で働いていると言った。
仕事の内容も以前とは変わったらしい。
「まだ建設関係?」
周が聞いた。
「似たようなもんだよ。でも今は管理のほうが多い」
「そうか」
「周さんは?」
「俺はもう、あまり働いてない」
張は周の顔を見た。
「体か?」
「背中がな」
「そうか」
それ以上、張は聞かなかった。
昔なら、どちらかが仕事の話を始めれば、給料や会社のことまで細かく聞いたかもしれない。
今は、互いに話せる範囲だけ話した。
「じゃあ、俺は先に行くよ」
張が言った。
「また会うかもしれないな」
「そうだな」
二人は別れた。
周は市場へ向かった。
買い物を済ませて家に戻ると、劉が台所で野菜を切っていた。
「誰かに会った?」
「張さん」
「どの張さん?」
「前に一緒に工事した人」
「ああ」
劉は包丁を止めた。
「元気だった?」
「元気そうだったよ」
「今も働いてる?」
「働いてる」
劉はうなずいた。
「人って、久しぶりに会うと、意外と変わってないね」
周は笑った。
「顔は変わってたけどな」
「それはそうでしょう」
昼食を食べながら、周は張の話を少しした。
劉は聞いていたが、それ以上は聞かなかった。
午後になると、周の息子からメッセージが来た。
仕事の担当が正式に変わったという。
場所は今までと同じだった。
ただ、勤務時間が少し変わるらしい。
周は画面を見て、
「そうか」
とだけ言った。
劉が隣から見た。
「決まったの?」
「うん」
「大丈夫そう?」
「本人が大丈夫って言ってる」
劉はそれ以上聞かなかった。
夕方、周はベランダに洗濯物を取り込んだ。
そのとき、向かいの家から子どもの声が聞こえた。
以前はよく聞こえていた声だった。
最近、家の人が引っ越してきたらしい。
誰が住んでいるのか、周はまだよく知らなかった。
同じ道を歩いていても、知らない人はたくさんいる。
何年も近くに住んでいても、名前すら知らない人もいる。
それでも、朝に顔を合わせれば軽く挨拶をする。
それだけで続いていく関係もある。
夜、劉がテレビを見ながら言った。
「今日、久しぶりに人に会ったんだね」
「うん」
「また会えるかな」
周は少し考えた。
「分からないな」
「そうだね」
劉はテレビに目を戻した。
周も何も言わなかった。
久しぶりに会った人が、また明日会う人になるとは限らない。
一度会っただけで、また何年も会わないこともある。
それでも、その日の出来事としては、それで十分だった。
周は湯を沸かし、二人分の茶を入れた。
窓の外は、もう暗くなっていた。
それぞれの人が、それぞれの場所で一日を終えている。
周もまた、自分の家で一日を終えようとしていた。




