第五十九章 雨のあと
朝から雨が降っていた。
強い雨ではなかったが、道路の端には細い水の流れができていた。
周は玄関の前に立ち、しばらく空を見上げた。
「今日は出ないほうがいいな」
劉が台所から声をかけた。
「どこに行くの?」
「別に。ちょっと買い物でもと思ったけど」
「雨なら、明日でいいじゃない」
「そうだな」
周は傘を取るのをやめた。
昼前になると、近所の王がやって来た。
手には小さな袋を持っていた。
「これ、昨日市場で買ったんだ。食べる?」
「何だ?」
「柿。少し傷があるけど、味は大丈夫だ」
周は袋を受け取った。
「ありがとう」
王は玄関の椅子に座った。
「そういえば、陳さんのところ、最近見ないな」
「陳さん?」
「ほら、前に一緒に働いていた人」
周は少し考えた。
「ああ。最近は連絡してないな」
「俺もだ。前はよく会ったけどな」
二人はそれ以上話さなかった。
昔よく会っていた人でも、仕事が変わったり、住む場所が変わったりすると、いつの間にか会わなくなる。
特別な理由があるとは限らない。
そのまま何年も会わないこともある。
昼過ぎ、雨が少し弱くなった。
周は柿を一つ洗い、包丁で切った。
「甘いよ」
劉が一切れ食べた。
「本当だね」
二人で何個か食べた。
夕方、周の息子から電話があった。
「今、家?」
「いるよ」
「雨、そっちはどう?」
「こっちは朝から降ってる」
「こっちもだよ」
少し間があった。
「この前言ってた仕事のことだけど」
周は黙って聞いた。
「来月から、少し担当が変わるかもしれない」
「そうか」
「まだ決まってないけど」
「うん」
「決まったらまた連絡する」
「分かった」
以前なら、周はそこでいろいろ聞いていた。
どんな仕事なのか。
給料はどうなるのか。
遠くなるのか。
続けられるのか。
今はそれを聞かなかった。
「体だけ気をつけろよ」
それだけ言った。
「分かってる」
電話が終わった。
劉が聞いた。
「仕事、変わるの?」
「担当が変わるかもしれないって」
「大丈夫かな」
「まだ決まってない」
劉は少し考えてから、
「そうだね」
と言った。
夕食のあと、周はテレビをつけた。
ニュースが流れていたが、しばらくすると眠くなった。
劉は食器を片付けながら、
「明日、晴れるかな」
と言った。
「天気予報、見てないな」
「洗濯物があるからね」
周は窓の外を見た。
雨はもう止んでいた。
道路にはまだ水が残っている。
街灯の光が、その水面に細く映っていた。
「明日になれば分かるよ」
劉は笑った。
「それもそうだね」
周はテレビの音を少し下げた。
誰かの仕事が変わるかもしれない。
誰かが遠くへ行くかもしれない。
しばらく会わなくなる人もいる。
反対に、何年も会っていなかった人と、偶然また会うこともある。
そういうことは、家の中で相談して決められるものばかりではなかった。
雨が止んだあとも、道路はすぐには乾かなかった。
周はそれを眺めながら、窓を閉めた。
そして、いつものように夜を過ごした。




