第六章 言うことを聞く子
子どもが小学校に入ると、家の中の時間が少し変わった。
朝は早くなった。
夜も、それまでより遅くなった。
ランドセルが玄関の隅に置かれ、机の上には教科書とノートが並ぶようになった。
周は仕事から帰ってくると、まず子どもの宿題を見ることが増えた。
「今日、宿題あるか?」
「ある。」
「どれだ?」
子どもがノートを出す。
周は隣に座った。
「ここ、やってみろ。」
子どもが鉛筆を持つ。
簡単な計算だった。
周は黙って見ていた。
子どもが答えを書く。
「違う。」
「え?」
「ここ。」
周が鉛筆の先で数字を指した。
「計算の順番を間違えてる。」
子どもは消しゴムを取った。
「もう一回。」
「うん。」
周は教えた。
説明するときの周は、普段よりもよく話した。
自分が学生だった頃、数学の問題を解くのが好きだった。
答えが一つに決まっているものは、分かりやすかった。
途中の計算が合っていれば、最後の答えも出る。
だから周は、子どもにもそういう勉強が向いていると思っていた。
「分かったか?」
「うん。」
「じゃあ、自分でやってみろ。」
子どもが問題を解く。
今度は合っていた。
周は頷いた。
「そうだ。」
その一言を聞くと、子どもは少し嬉しそうな顔をした。
それを見て、周も嬉しかった。
だから、次の日も聞いた。
その次の日も聞いた。
いつの間にか、学校から帰ると、子どもは先に宿題をするようになった。
周が帰ってくる時間になると、机の上を片付けるようにもなった。
「今日は何点だった?」
「分からない。」
「テストは?」
「まだ返ってきてない。」
「返ってきたら見せろ。」
「うん。」
そういう会話が増えた。
一方で、劉は学校の勉強とは別のところを見ていた。
朝、子どもが靴下を脱ぎっぱなしにすると、
「ちゃんと片付けなさい。」
と言う。
食事のあと、茶碗を置いたままにすると、
「自分で持っていって。」
と言う。
服を脱いだままにしていると、
「洗濯する人のことも考えて。」
と言う。
子どもは、そのたびに返事をする。
「はい。」
けれど、返事をしたからといって、毎回ちゃんとできるわけではない。
次の日には、また靴下が床に落ちている。
また劉が言う。
「昨日も言ったでしょう。」
子どもは黙って拾う。
周は横から見る。
「お母さんが言ったことは、ちゃんと聞け。」
子どもは頷く。
「うん。」
そのうち、家の中では一つの言葉がよく使われるようになった。
「言うことを聞きなさい。」
劉が言うこともあった。
周が言うこともあった。
祖父母が来たときにも、似たような言葉を聞いた。
子どもは、それが特別な言葉だとは思わなかった。
大人が言ったことは、子どもが聞く。
そういうものだと思っていた。
ある休日の朝、子どもが友達と遊びに行きたいと言った。
「宿題は?」
「帰ってきてからやる。」
周は新聞から顔を上げた。
「先にやれ。」
「でも、みんなもう外にいる。」
「宿題が終わってから。」
「すぐ帰ってくるから。」
「駄目だ。」
子どもは玄関のところで立ち止まった。
「どうして?」
周は少し考えた。
「勉強するのが先だ。」
「でも、今日だけ。」
「今日だけって言って、明日も同じことを言うだろ。」
子どもは何も言わなくなった。
劉が台所から出てきた。
「友達と遊ぶくらい、いいんじゃない?」
周は劉を見る。
「宿題をやってからならいい。」
「じゃあ、そう言えばいいでしょう。」
「今言っただろ。」
二人の間に、少しだけ空気が止まった。
子どもはその二人を見ていた。
劉が先に言った。
「ほら、先に宿題やりなさい。」
子どもはランドセルを置いた。
「分かった。」
周は新聞に目を戻した。
その日の昼過ぎ、宿題が終わると、子どもは外へ出ていった。
周は何も言わなかった。
けれど、子どもが帰ってくる時間は覚えていた。
夕方になっても帰ってこない。
周は時計を見る。
「まだ帰ってこないのか?」
劉が答えた。
「友達と遊んでるんでしょう。」
「何時まで遊ぶんだ。」
「もう少しじゃない?」
しばらくして、玄関の戸が開いた。
子どもが入ってくる。
周は時計を見る。
「何時だと思ってる?」
子どもは黙った。
「帰ってくる時間、言っただろ。」
「忘れた。」
「忘れたじゃない。」
周の声が少し大きくなった。
「約束したことは守れ。」
「……うん。」
「返事だけするな。」
子どもは下を向いた。
「はい。」
周はそこで止まった。
それ以上言っても仕方がないと思った。
「もういい。手を洗ってこい。」
「うん。」
子どもが洗面所へ行く。
劉は周のそばに立った。
「そんなに怒らなくても。」
「怒ってない。」
「怒ってるよ。」
周は黙った。
しばらくしてから言った。
「小さいうちに教えないと、大きくなってからじゃ遅い。」
劉は答えなかった。
それが正しいのかどうか、劉にも分からなかった。
ただ、周が子どものことを心配していることだけは分かっていた。
夜、子どもが寝たあと、二人は台所で話していた。
「最近、あの子、前より静かになったね。」
劉が言った。
周は湯飲みを持ったまま答えた。
「学校にも慣れたんだろ。」
「そうかな。」
「何かあったのか?」
「別に。」
劉はそれ以上言わなかった。
周も聞かなかった。
二人とも、子どもが少しずつ自分の考えを家の中で言わなくなっていることには、まだ気づいていなかった。
ある日の夕方、子どもが学校から帰ってきた。
「お父さん。」
「何だ?」
「明日、学校で友達と勉強してもいい?」
周は聞いた。
「どこで?」
「友達の家。」
「誰の家だ?」
子どもが名前を言う。
周は少し考えた。
「駄目だ。」
子どもの顔が曇った。
「どうして?」
「知らない家に行く必要はない。」
「友達のお母さんもいる。」
「駄目だと言ったら駄目だ。」
子どもは何も言わなかった。
劉が横から言う。
「ちゃんと理由を言ってあげたら?」
周は答えた。
「理由は、俺が心配だからだ。」
「それなら、そう言えばいいでしょう。」
周は黙った。
子どもはその場を離れた。
その夜、周は少し考えていた。
自分は、子どもを守っている。
そう思っていた。
危ないところへ行かせない。
勉強をさせる。
約束を守らせる。
食事をきちんと食べさせる。
病気になれば病院へ連れていく。
必要なものは買う。
それが親の役目だと思っていた。
そして、親が子どものためにこれだけやっているなら、子どもも親の言うことを聞くべきだと思っていた。
それは、周にとっては自然な考えだった。
家の金を稼いでいるのも自分だった。
家賃を払い、学費を考え、病院代を心配し、将来のことを考えている。
自分が背負っているものは多い。
だから、家のことは自分が決める。
いつの間にか、周の中でその二つが近づいていた。
「俺が家族を支える。」
という気持ちと、
「だから、家のことは俺が決める。」
という気持ちが。
本人は、その違いをまだ考えたことがなかった。
ある夜、子どもが宿題を終えると、周が言った。
「明日の準備はしたか?」
「した。」
「ランドセルは?」
「入れた。」
「時間割は?」
「見た。」
周は頷いた。
「じゃあ、寝ろ。」
子どもは布団に入った。
電気を消す前に、周が言った。
「ちゃんと言うことを聞いていれば、将来困らない。」
子どもは布団の中で答えた。
「うん。」
周は安心した。
それでいいと思った。
子どもが素直に返事をする。
勉強をする。
言われたことを守る。
それが、いい子だと思っていた。
その頃、子どもの中には別の感覚が少しずつ生まれていた。
何かを言う前に、
「お父さんはどう思うだろう。」
と考えるようになった。
何かをしたいと思ったとき、
「言っても駄目だろう。」
と思うことも増えた。
それでも、子どもはまだ父親を嫌ってはいなかった。
学校から帰れば、父親の帰りを待つこともあった。
数学の問題が分からなければ、父親に聞いた。
父親が買ってきた本を嬉しそうに読んだ。
父親が病院へ連れて行ってくれたことも覚えている。
怖いときには、父親のそばへ行った。
だからこそ、家の中には簡単には言葉にできないものが少しずつ増えていった。
好きだから、言えないことがある。
頼っているから、逆らいにくいことがある。
世話をしてもらっているから、嫌だと言いにくいことがある。
そして周は、そんな子どもの沈黙を、
「ちゃんと分かってきたんだな。」
と思っていた。
家の中では、今日も大きな事件は起きなかった。
夕食を食べる。
宿題をする。
風呂に入る。
明日の準備をする。
そして、三人で眠る。
ただ、同じ家の中にいる三人が、それぞれ少しずつ違うものを抱え始めていた。
それは、まだ誰にも見えていなかった。




