第五十四章 父親の仕事
春の終わり、周は久しぶりに昔の知り合いから電話を受けた。
「周さん、まだあの仕事やってるの?」
「いや、もう違う。」
「そうか。うち、人手が足りなくてな。」
「何の仕事?」
「建築の手伝い。短期だけど。」
周は少し考えた。
「いつから?」
「来週から。」
「給料は?」
相手が金額を言った。
周は黙って聞いた。
「悪くないな。」
「来られる?」
「体と相談してみる。」
電話を切ったあと、周はしばらく座っていた。
劉が聞いた。
「仕事?」
「うん。昔の知り合いから。」
「行くの?」
「まだ分からない。」
「腰、大丈夫?」
「たぶん。」
劉は少し眉を寄せた。
「無理しないでよ。」
「分かってる。」
「前もそう言ってた。」
周は笑った。
「今回は本当に考える。」
⸻
翌朝、周は病院へ行った。
診察が終わってから、医師に聞いた。
「少し重い仕事をしても大丈夫ですか?」
医師は仕事内容を確認した。
「長時間の無理は避けてください。」
「分かりました。」
家に帰ると、劉に話した。
「どうだった?」
「短期間なら、無理しなければ大丈夫らしい。」
「じゃあ、行くの?」
「一週間やってみる。」
劉は何も言わなかった。
⸻
仕事が始まった。
昔のようには動けなかった。
若い頃なら一人で持てたものも、今は二人で持った。
階段を上るだけで息が切れる。
昼休みに座ると、立ち上がるのにも少し時間がかかった。
一緒に働いている若い男が言った。
「周さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫。」
「無理しないでください。」
「ありがとう。」
周は少し笑った。
その若い男は、二十代だった。
休憩時間にスマートフォンを見ていた。
周が何気なく聞いた。
「仕事、長く続けるつもりか?」
男は顔を上げた。
「分からないです。」
「そうか。」
「今はお金を貯めて、資格を取りたいと思ってます。」
「何の資格?」
「まだ決めてません。」
周はうなずいた。
「そうか。」
昔の自分なら、
「若いうちは一つの仕事を続けたほうがいい」
と言っていたかもしれない。
けれど今は、そう言わなかった。
⸻
一週間が終わった。
周は仕事を続けることもできた。
けれど、断った。
「もう少し続けないか?」
知り合いに言われた。
「悪いな。体が思ったよりきつい。」
「そうか。」
「また別の仕事があれば声をかけてくれ。」
「分かった。」
周は給料を受け取って帰った。
家に着くと、劉が聞いた。
「どうだった?」
「疲れた。」
「続けるの?」
「やめる。」
「そう。」
劉はそれ以上言わなかった。
周は椅子に座った。
「昔は、これくらい何でもなかったんだけどな。」
「昔は昔よ。」
「そうだな。」
劉はお茶を入れた。
⸻
夜、息子から電話が来た。
「父さん、最近何してた?」
「仕事してた。」
「仕事?」
「昔の知り合いに頼まれて、少しだけ。」
「大丈夫だった?」
「大丈夫。」
「母さん、心配したでしょ。」
劉が横から言った。
「したよ。」
息子が笑った。
「やっぱり。」
周は笑った。
「でも、もう終わった。」
「そう。」
「お前の仕事は?」
「普通。」
「そうか。」
少し沈黙があった。
息子が言った。
「父さんも、無理しないでよ。」
周は少し黙った。
「分かった。」
「本当に?」
「本当。」
「ならいい。」
電話が切れた。
周はスマートフォンを置いた。
昔、自分が息子に何度も言っていた言葉だった。
「無理するな。」
今は、その言葉を息子から聞く。
周は少し笑った。
それが何か特別なことだとは思わなかった。
ただ、家族の中では、言葉が時々行ったり来たりする。
親が子どもに言う時もある。
子どもが親に言う時もある。
それだけだった。
周は湯呑みを持ち上げた。
外はもう暗かった。
明日は仕事がない。
朝は少しゆっくり起きればいい。
それだけのことだった。




