第五十一章 結婚したあと
秋になった。
ある日の夕方、劉は近所から帰ってくると、靴を脱ぎながら言った。
「李さんのところ、息子さん結婚したって。」
周はテレビを見ながら答えた。
「そうか。」
「来月、結婚式だって。」
「もう結婚したんじゃないのか?」
「登録だけ先にしたらしいよ。」
周はテレビから目を離した。
「そういうこともあるのか。」
「今は多いんじゃない?」
劉は買ってきた野菜を台所に置いた。
「家はどうするんだって。」
「買ったのか?」
「まだ。二人で借りるらしい。」
「そうか。」
劉は野菜を洗いながら続けた。
「李さん、最初は家を買わせるって言ってたよ。」
「今は?」
「本人たちが決めるって。」
周は少し笑った。
「李さんも変わったな。」
「そうかもしれないね。」
二人はそれ以上、その話をしなかった。
⸻
数日後、李が周の家に来た。
「息子が結婚することになってな。」
「聞いたよ。おめでとう。」
「ありがとう。」
李は嬉しそうだった。
「でもな、家のことで揉めてる。」
「家?」
「息子はしばらく借りたいって言うんだ。嫁さんも働いてるし、二人で貯金してから考えるって。」
「それならいいんじゃないか。」
「俺もそう思うようになった。」
周は少し驚いた。
「前は買わせるって言ってなかったか?」
「言ってた。」
李は笑った。
「でも、二人の給料も生活も、俺には分からないからな。」
「そうだな。」
「親としては、家があったほうが安心なんだよ。」
「分かる。」
「でも、安心するのは俺たちであって、住むのはあの二人だ。」
周は黙っていた。
李は湯呑みを持ち上げた。
「昔だったら、俺が全部決めようとしてたと思う。」
「今は?」
「金を出すなら、出せる範囲で出す。でも、住む場所まで決めるのは違うかなって。」
周はうなずいた。
「難しいな。」
「難しいよ。」
二人は笑った。
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結婚式の日が来た。
周と劉も招待された。
会場には親戚や友人が集まっていた。
写真を撮る人。
料理を食べる人。
久しぶりに会って話す人。
それぞれが忙しく動いていた。
劉は隣の席の女性と話していた。
「お宅の息子さんは?」
「まだ結婚してないよ。」
「もういい年でしょう。」
劉は一瞬黙った。
以前なら、そこで自分の息子の話をしていたかもしれない。
「仕事が忙しいみたい。」
それだけ答えた。
「そう。」
女性は別の話題に移った。
周は少し離れた席から、その様子を見ていた。
帰り道、周が言った。
「今日は何も言わなかったな。」
「何を?」
「息子の結婚のこと。」
劉は少し笑った。
「言っても仕方ないでしょう。」
「前なら言ってた。」
「前はね。」
それだけだった。
⸻
数か月後、李の息子夫婦が近くの町へ引っ越した。
家は借りた。
家具は必要なものだけ買った。
結婚式の時にもらったお金の一部を使い、残りは貯金した。
李は時々、
「家を買ったほうがいいんじゃないか」
と思った。
実際、一度だけ息子に言った。
「そろそろ家のことも考えたらどうだ?」
息子は答えた。
「今はまだ考えてない。」
李はそれ以上言わなかった。
その夜、妻に言った。
「俺、何か言いすぎたかな。」
妻はテレビを見ながら答えた。
「一回言っただけなら、いいんじゃない?」
「そうか。」
「何回も言わなければ。」
李は笑った。
「それが難しいんだよ。」
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周の家では、夜になっていた。
劉が洗濯物を畳んでいる。
周は椅子に座って、古い新聞を見ていた。
スマートフォンが鳴った。
息子からだった。
「もしもし。」
「父さん、今いい?」
「いいぞ。」
「この前言ってた出張、来月になった。」
「そうか。」
「またしばらく帰れない。」
「分かった。」
「母さんにも言っといて。」
「自分で言え。」
「あとで言う。」
周は笑った。
「分かった。」
電話を切った。
劉が聞いた。
「どうしたの?」
「来月、出張だって。」
「また?」
「うん。」
劉は少し黙った。
「じゃあ、しばらく帰ってこないね。」
「そうだな。」
二人はテレビをつけた。
画面には、知らない町の映像が流れていた。
息子がどこかで働いている。
李の息子は、別の町で新しい生活を始めた。
張の息子は、まだ次の仕事を探している。
それぞれの生活は、同じ順番では進まない。
結婚してから家を買う人もいる。
結婚しても買わない人もいる。
親と暮らす人もいる。
離れて暮らす人もいる。
周はテレビを消した。
「明日、買い物行くか?」
「何買うの?」
「魚。」
「また魚?」
「この前うまかったから。」
劉は笑った。
「じゃあ、買おう。」
二人は明日の買い物の話を始めた。
子どもたちの生活は、少しずつ家から離れていった。
それでも、家の中にはいつもの話が残っていた。
何を食べるか。
いつ買い物へ行くか。
雨が降るかどうか。
そういう小さな話が、二人の生活を続けていた。




