第四章 三人の暮らし
子どもが生まれてから、家の中は少し狭くなった。
前と同じ家だった。
木の机もある。
二つの棚もある。
窓も小さい。
けれど、そこに一人増えるだけで、置いてあるものが急に多くなった。
小さな服。
布おむつ。
哺乳瓶。
子どものために買った小さな布団。
それまで何もなかった場所に、少しずつ物が増えていった。
周は、子どもが泣くたびに目を覚ました。
最初の頃は、どうすればいいのか分からなかった。
「どうした?」
周が起き上がる。
劉は子どもを抱き上げた。
「お腹空いたんじゃない?」
「さっき飲んだだろ。」
「赤ちゃんなんだから。」
周は黙った。
子どもは泣き続けている。
周はベッドの端に座ったまま、二人を見ていた。
しばらくすると、子どもの泣き声が小さくなった。
劉が言った。
「もう寝ていいよ。」
「俺も見る。」
「明日仕事でしょ。」
「大丈夫。」
「大丈夫じゃなくて、寝て。」
周は少し迷った。
それから、横になった。
けれど、なかなか眠れなかった。
隣から、子どもの小さな声が聞こえてくる。
周は目を閉じたまま、その声を聞いていた。
朝になると、いつも通り仕事へ行った。
以前より眠かった。
それでも、仕事を休むわけにはいかなかった。
家には金が必要だった。
子どもが生まれてから、使う金は明らかに増えた。
ミルク。
服。
薬。
病院。
細かいものを合わせれば、毎月かなりの金になる。
周は仕事から帰ると、まず子どもの顔を見るようになった。
「今日はどうだった?」
劉が答える。
「昼間、ずっと寝てた。」
「泣かなかった?」
「少し。」
「熱は?」
「ない。」
周は子どもの額に手を当てた。
「冷たいな。」
「普通だよ。」
「そうか。」
それだけだった。
でも、毎日同じことを繰り返した。
帰ってきたら、子どもを見る。
寝る前にも見る。
朝、仕事へ行く前にも見る。
子どもはまだ何も分からない。
父親の顔を見ても、特別な反応はしない。
それでも周は、毎日顔を見た。
ある日、周が仕事から帰ると、劉が言った。
「ミルクがもうない。」
「明日買う。」
「今日の分は?」
「残ってないの?」
「少しだけ。」
周は財布を取り出した。
「今から買ってくる。」
「もう遅いよ。」
「店、まだ開いてるだろ。」
「明日でいい。」
周は少し考えた。
「今買ってくる。」
そう言って、外へ出た。
戻ってきたときには、手にミルクの缶があった。
劉が受け取った。
「ありがとう。」
「うん。」
周は靴を脱いだ。
その夜、二人はいつもより少し遅くまで起きていた。
子どもが寝ている。
劉が小さな声で言った。
「この子、大きくなったらどんな人になるのかな。」
周は子どもを見た。
「分からない。」
「勉強できるかな。」
「まだ赤ちゃんだぞ。」
「分かってる。」
劉は笑った。
周も少し笑った。
「学校にはちゃんと行かせよう。」
「うん。」
「俺たちより、いい暮らしをさせたい。」
「うん。」
「金がかかっても、学校だけはちゃんと行かせる。」
劉は周を見た。
「そこは私も同じ。」
周は頷いた。
二人の考えが一致することは、それほど多くなかった。
けれど、子どものことになると、同じ方向を見ることができた。
少なくとも、その頃はそうだった。
子どもが少し大きくなると、家の中を歩き回るようになった。
最初は寝返りをするだけだった。
次は座るようになった。
そのうち、壁につかまりながら立った。
ある日、子どもが机のところまで歩いてきた。
周は椅子に座っていた。
「おい。」
子どもが周を見る。
「こっち来るか?」
周が手を伸ばした。
子どもは少しふらつきながら、一歩進んだ。
そして、もう一歩。
周は思わず立ち上がった。
「おお。」
劉も台所から出てきた。
「歩いた?」
「今、歩いた。」
子どもはそのまま倒れた。
泣きそうになったが、泣かなかった。
周は笑った。
「もう一回やってみろ。」
劉が言った。
「無理させないで。」
「分かってる。」
周は子どもを抱き上げた。
その顔を見ながら、しばらく笑っていた。
その頃から、家の中には子どもの声が増えていった。
泣く。
笑う。
転ぶ。
また立つ。
物を落とす。
何でも触る。
何でも口に入れる。
周は仕事から帰ると、疲れていても子どもの相手をした。
ただ、長くは続かなかった。
「ちょっと静かにしてくれ。」
ある夜、周は仕事から帰ってきたばかりだった。
子どもが泣いている。
劉は台所にいる。
周は荷物を置いた。
「今日ずっと泣いてるの?」
「昼から機嫌が悪い。」
「どうしたんだ?」
「分からない。」
周は子どもを抱いた。
「ほら、泣くな。」
子どもはさらに泣いた。
周の顔が少し曇った。
「何で泣くんだ。」
劉が言った。
「疲れてるんじゃない?」
「俺が?」
「この子が。」
周は何も言わなかった。
しばらくして、子どもは眠った。
周はベッドに寝かせた。
そして、椅子に座った。
劉が食事を持ってきた。
「食べて。」
「うん。」
二人は黙って食べた。
しばらくして、周が言った。
「最近、寝不足だ。」
「私も。」
「昼間寝ればいいだろ。」
劉が箸を止めた。
「昼間、寝られると思う?」
周は何も言わなかった。
「畑もある。」
「分かってる。」
「洗濯もある。」
「分かってる。」
「この子もいる。」
周は黙って食べ続けた。
劉も、それ以上は言わなかった。
その夜、二人は少し離れて寝た。
喧嘩というほどではなかった。
けれど、どちらも少し不満が残った。
翌朝、周が起きると、劉はもう起きていた。
朝飯が用意されていた。
周は何も言わずに食べた。
食べ終わると、立ち上がった。
玄関へ向かう前に、子どもの寝ているところを見た。
それから劉を見る。
「今日、早く帰る。」
劉は顔を上げた。
「うん。」
それだけだった。
その日は、本当に少し早く帰った。
帰る途中、周は子どもの服を一枚買った。
家に帰ると、劉が言った。
「また買ってきたの?」
「安かった。」
「まだ着られる服あるよ。」
「これも使える。」
劉は少し笑った。
「そういうところだけ、変わったね。」
周は何も言わなかった。
けれど、少し嬉しかった。
子どもが二歳になる頃には、家の中のものをよく壊すようになった。
茶碗を落とした。
木の机に傷をつけた。
棚の中身を全部出した。
ある日、周が帰ってくると、床に米が散らばっていた。
「何した?」
劉が台所から顔を出した。
「米を出した。」
「誰が?」
「この子。」
周は子どもを見る。
子どもは何も知らない顔をしていた。
周は床を見た。
「もったいない。」
劉が言った。
「まだ拾えるよ。」
「そういう問題じゃない。」
「じゃあ、どうするの?」
周は答えなかった。
しばらくして、しゃがんで米を拾い始めた。
劉も一緒に拾った。
子どもは二人を見ていた。
周は子どもを見た。
「次から、触るなよ。」
もちろん、子どもにはまだ分からなかった。
それでも周は言った。
「分かった?」
子どもは周の顔を見て笑った。
周はため息をついた。
「分かってないな。」
劉が笑った。
「まだ二歳だよ。」
周も少し笑った。
「そうだな。」
それから数年が過ぎた。
子どもは言葉を覚えた。
最初に覚えた言葉の中には、父と母があった。
周は仕事から帰ると、子どもが走ってくるのを待つようになった。
玄関を開ける。
「ただいま。」
すると、子どもが走ってくる。
「爸爸。」
周は子どもを抱き上げた。
「どうした?」
子どもは何か言っている。
周にはよく分からない。
それでも聞いた。
「今日は何した?」
子どもはまた何か話した。
「そうか。」
分かっているのか、分かっていないのか。
周自身にも分からなかった。
それでも、子どもの話を聞いた。
ある日、子どもが外で転んだ。
膝を擦りむいた。
泣きながら家に戻ってきた。
劉が傷を洗った。
「痛い?」
子どもが頷く。
周は横で見ていた。
「男なら泣くな。」
劉が周を見る。
「痛いんだから、泣いていいでしょ。」
周は何も言わなかった。
子どもは泣き続けた。
しばらくして、劉が傷に薬を塗った。
「もう大丈夫。」
子どもは鼻をすすった。
周は子どもの頭を撫でた。
「痛かったな。」
子どもは周を見た。
それから、少しだけ泣き止んだ。
周は自分が何を言えばいいのか、まだよく分からなかった。
自分が子どもの頃、転んだときに誰かに何と言われたのかも、あまり覚えていない。
ただ、泣いてはいけないと言われたことだけは覚えていた。
だから、自分も同じ言葉を言った。
それが普通だと思っていた。
その夜、周は一人で外に出た。
家の前に座った。
暗くなった村を見ながら、煙草を一本吸った。
家の中から子どもの声が聞こえた。
劉が何か言っている。
子どもが笑っている。
周は煙を吐いた。
家族が三人になってから、毎日が少し忙しくなった。
金も以前より必要になった。
仕事も、できるだけ休めなくなった。
それでも、周は前より家に帰りたいと思うようになっていた。
昔は、家に帰れば休めると思っていた。
今は、家に帰れば仕事が待っている。
それでも帰りたかった。
自分が帰れば、子どもが走ってくる。
それだけのことだった。
ある晩、劉が言った。
「この子、来年から幼稚園だね。」
周は箸を止めた。
「もうそんなになるか。」
「早いよ。」
「金、かかるな。」
「かかるね。」
周は少し考えた。
「大丈夫。」
劉は周を見た。
「何が?」
「なんとかする。」
劉は何も言わなかった。
ただ、少しだけ頷いた。
その頃の周は、まだ自分が家族のために頑張っていると思っていた。
実際、そうだった。
けれど同時に、少しずつ別の考えも生まれていた。
自分が金を稼ぐ。
自分が家を支える。
だから、自分が家のことを決める。
その考えは、まだ言葉にはなっていなかった。
ただ、何かを決めるときに、
「こうしたほうがいい。」
と言うことが増えていった。
劉が反対すると、
「俺が考えてるから。」
と答えることもあった。
劉は、そのたびに少し黙った。
まだ大きな喧嘩にはならなかった。
けれど、三人で暮らすようになった家には、二人だけの頃とは違う問題が、少しずつ増えていた。
子どもが成長すれば、必要なものも増える。
服もいる。
食べ物もいる。
病気になれば病院へ行く。
学校へ行くようになれば、学費もいる。
そして、そのたびに、二人は相談しなければならない。
何に金を使うのか。
何を我慢するのか。
子どもに何をさせるのか。
どこまで親が決めるのか。
その頃の二人は、まだ知らなかった。
子どもが大きくなるにつれて、自分たちの考え方そのものが、家の中で問題になる日が来ることを。
今はまだ、子どもは小さい。
父親が言えば、なんとなく頷く。
母親が呼べば、そちらへ行く。
三人で食卓を囲めば、それで一日が終わる。
周は、子どもの頭を撫でた。
「早く寝ろ。」
子どもは笑った。
劉が言った。
「まだ寝ないよ。」
「明日、早いだろ。」
「あなたみたいに朝から働くわけじゃないんだから。」
周は笑った。
「それでも寝ろ。」
子どもは二人の顔を見て、また笑った。
その夜も、家の中には小さな言い争いがあった。
けれど、誰もそれを大きな問題だとは思わなかった。
三人の暮らしは、そうやって続いていった。




