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家にいる人  作者: 亀


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第三十六章 娘家の話

夏が近づいていた。


林の仕事は少し忙しくなっていた。


帰宅する時間が遅くなる日も増えたが、以前ほど疲れなくなっていた。


仕事の流れが分かるようになり、何を先にやればいいのかも少しずつ分かってきた。


ある日、帰宅すると、母親が電話をしていた。


「うん……分かった。じゃあ、また今度ね」


電話を切った母親は、少し疲れた顔をしていた。


「また親戚?」


林が聞いた。


「そう」


「何の話?」


「妹のところ」


母親は椅子に座った。


「家の話、まだ決まってないみたい」


「まだ?」


「うん」


「息子さんと娘さんで話してるって言ってたよね」


「そう」


母親は少し黙った。


「娘さんが、もう少し親の面倒も見たいって言ってるらしい」


「じゃあ、娘さんも一緒に住むの?」


「いや、今の家からは少し離れてる」


「じゃあ、どうするの?」


「それが分からないのよ」


母親はため息をついた。


「息子さんは一緒に住むつもりだけど、娘さんは月に何回か様子を見に行くって」


林は頷いた。


「それなら、二人とも見てるじゃん」


「そうね」


「じゃあ、何が問題なの?」


母親は少し考えた。


「親戚の中には、女の子は結婚したら相手の家の人だから、親のことは息子が見るものだって言う人もいるの」


林は黙った。


「娘さん、それを聞いて怒ってた?」


「怒ったみたい」


「何て言ってたの?」


「私も娘なんだから、親のことを考えてはいけない理由はないって」


林は少し考えた。


「そうだね」


母親は林を見た。


「でも、息子さんも大変なのよ」


「うん」


「仕事しながら親と住むんだから」


「それもそうだね」


母親は頷いた。


「だから、どっちが正しいとかじゃなくて、みんな大変なんだと思う」


林は母親の顔を見た。


母親は少し笑った。


「何?」


「いや」


「何よ」


「母さん、そういう言い方するようになったなと思って」


「どういう意味?」


「昔なら、男の子が見るものって言ってた気がする」


母親は少し考えた。


「そうだったかもしれないね」


「今は違う?」


「分からない」


母親は笑った。


「ただ、実際に子どもが大人になってみると、そんな簡単な話じゃないって分かるだけよ」


その夜、父親が帰ってきた。


夕食の途中で、母親が親戚の話をした。


父親は箸を止めた。


「娘さんも親の面倒を見たいのか」


「そうみたい」


「じゃあ、いいじゃないか」


「でも、周りがいろいろ言うのよ」


「周りが面倒を見るわけじゃないだろ」


父親はそう言った。


母親が少し笑った。


「あなたも変わったね」


「何が?」


「昔だったら、長男が見るのが普通だって言ってたでしょう」


父親は少し考えた。


「昔はそう思ってたんだろうな」


「今は?」


「今は……その家の人が決めればいいんじゃないか」


林は黙って食事を続けた。


父親は少し考えてから、林に聞いた。


「お前はどう思う?」


林は箸を置いた。


「俺?」


「ああ」


「分からない」


父親が笑った。


「それもそうだな」


「親のことを誰が見るかなんて、その家によって違うと思う」


「そうだな」


「息子でも娘でも、一緒に住む人でも、遠くから手伝う人でもいいんじゃない?」


父親は頷いた。


「まあ、そうだな」


母親が言った。


「でも、実際には簡単じゃないわよ」


「うん」


林も頷いた。


「だから、簡単じゃないまま話すしかないんじゃない?」


誰も答えなかった。


食事が終わった。


その週の休日、林は母親と一緒に親戚の家へ行った。


家の中には、娘が来ていた。


林は久しぶりに会った。


「林君、大きくなったね」


「もうそんなに子どもじゃないですよ」


娘は笑った。


「そうね」


彼女は台所で母親を手伝っていた。


息子も家にいた。


二人とも、それぞれ両親の近くにいた。


昼食のあと、親戚の母親が言った。


「家のことは、まだ決めてないのよ」


娘が答えた。


「急いで決めなくてもいいよ」


息子も頷いた。


「俺もそう思う」


父親は二人を見ていた。


「お前たちで話して決めればいい」


娘は少し笑った。


「お父さん、それなら最初からそう言ってよ」


父親も笑った。


「そうだな」


林はその会話を聞いていた。


誰かが勝手に決めたわけでもない。


すべてが解決したわけでもない。


家をどうするか。


誰が一緒に住むか。


誰がどのくらい親を支えるか。


まだ何も決まっていない。


それでも、その場にいる人たちは、それぞれ自分の考えを話していた。


帰り道、母親が言った。


「昔は、家は息子が継ぐものだと思ってた」


「うん」


「でも、今は息子だけが家を持つ時代でもないのかもしれないね」


林は母親を見た。


「母さんがそう思うなら、それでいいんじゃない?」


母親は笑った。


「そうね」


少し歩いてから、母親が言った。


「でも、林が将来結婚したら、たまには家に帰ってきてね」


「それは分かった」


「奥さんと一緒に」


「それは、そのとき相談するよ」


「そうね」


二人は笑った。


帰りの道には、夏の匂いが少し混じっていた。


林は歩きながら考えた。


家族の中には、昔から残っている考えがある。


男だから。


女だから。


長男だから。


嫁に行ったから。


家を継ぐから。


そういう言葉は、簡単には消えない。


けれど、その言葉だけで人の生活が決まるわけでもない。


誰かはそのまま受け入れる。


誰かは違うと思う。


誰かは途中で考えを変える。


誰かは最後まで変えない。


それぞれの家で、それぞれの生活が続いていく。


林も、自分の生活に戻っていった。


月曜日の朝には、いつもの時間に家を出た。


仕事が待っていた。


まだ決まっていないことは、たくさんあった。


それでも、その一つ一つを、今すぐ決める必要はなかった。

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