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家にいる人  作者: 亀


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第三十四章 家を継ぐ人

春になった。


近所の畑では、少しずつ作業が始まっていた。


林は休日の朝、父親に頼まれて畑を手伝っていた。


土を耕しながら、父親が言った。


「今年は少し早いな」


「そうですね」


「去年より暖かい」


二人で黙って作業を続けた。


昼前、近所の李がやってきた。


「周さん、いるか?」


「いるよ」


李は畑の端に立った。


「ちょっと聞きたいんだけどな」


「何だ?」


「張のところの話、聞いたか?」


「娘さんの結婚?」


「そうそう」


李は頷いた。


「それとは別に、うちの親戚で子どもが生まれたんだ」


「男か?」


周が何気なく聞いた。


「男の子だ」


「それは喜んだだろうな」


「すごく喜んでるよ」


李は笑った。


「これで家が続くって」


林は黙って土を掘っていた。


李は続けた。


「親戚の中には、女の子でもいいじゃないかって言う人もいたけどな」


「まあ、そうだな」


「でも、あの家は昔から男の子が必要だって言ってたから」


林は顔を上げた。


「男の子じゃないと、家って続かないんですか?」


李は少し驚いた顔をした。


「いや、まあ……そういう意味じゃないだろ」


「じゃあ、どういう意味ですか?」


李は笑った。


「俺に聞かれても分からんよ」


周が横から言った。


「家を継ぐって言っても、何を継ぐんだろうな」


李は少し考えた。


「土地とか、名前とか?」


「それだけか?」


「分からん」


三人とも少し笑った。


その日の夕方、林が家に帰ると、母親が電話をしていた。


「うん、男の子だったのね。よかったね」


母親は電話を切った。


「誰?」


「親戚」


「赤ちゃん?」


「そう」


「男の子なんだ」


「そうよ」


母親は嬉しそうに言った。


「これで安心だって」


林は靴を脱いだ。


「何が安心なの?」


母親は少し考えた。


「家を継ぐ人がいるからじゃない?」


林は笑った。


「またその話?」


「何がまたなの」


「男の子じゃないと家を継げないっていう話」


母親は少し不満そうな顔をした。


「昔からそういうものなのよ」


「でも、今は女の人も働いてるし、家を継ぐのに男じゃなきゃいけない理由ってあるの?」


母親は答えなかった。


台所から父親の声が聞こえた。


「昔はそういう考えだったんだよ」


「今もそうなの?」


林が聞くと、父親は少し考えた。


「分からないな」


「父さんは、俺に子どもができたら、男の子がいい?」


父親は笑った。


「健康ならどっちでもいいだろ」


母親が横から言った。


「私は女の子でもいいよ」


林は二人を見た。


「本当に?」


「何でそんなに疑うの」


母親が笑った。


林も笑った。


夕食のとき、話は別のことに変わった。


近所の畑の話。


父親の腰の痛み。


来週の天気。


いつもの食事だった。


ただ、林は昼間の話を少し考えていた。


自分が子どもを持つかどうかも、まだ決めていない。


まして、その子が男か女かなど考えたこともなかった。


けれど、もし自分に子どもができたら。


自分は何を期待するのだろう。


どんな仕事をしてほしいと思うのだろう。


結婚してほしいと思うのだろうか。


自分の近くにいてほしいと思うのだろうか。


それとも、自分とは違う生活を選んでも、何も言わずに見ていられるだろうか。


林は答えを出さなかった。


数日後、母親は親戚からまた電話を受けた。


今度は長い電話だった。


「女の子だったら、結婚したら家を出ていくからね」


母親が電話でそう言っているのを、林は偶然聞いた。


「そうね」


「男の子なら、将来は親のことも見てくれるし」


母親はそう言っていた。


電話が終わると、林は何も言わなかった。


母親も何も言わなかった。


夕方、父親が帰ってきた。


母親が今日の電話の話をした。


「そういう話をしてたのか」


「うん」


父親は靴を脱いだ。


「昔は、俺もそう思ってたな」


林は父親を見る。


「今は?」


「今は……分からんな」


「どうして?」


父親は少し考えた。


「俺だって、お前に何かしてもらおうと思って育てたわけじゃないからな」


林は黙っていた。


父親は続けた。


「学校に行かせて、働けるようになって、それから先はお前の生活だと思ってる」


「じゃあ、俺が遠くに住んでも?」


「まあ、そうなることもあるだろ」


「帰ってこなくても?」


父親は少し笑った。


「たまには帰ってこい」


林も笑った。


「それは帰れってことじゃん」


「親だから、それくらいは言うだろ」


二人とも笑った。


その夜、母親はテレビを見ながら、親戚の話をしていた。


「男の子でも女の子でも、大変なのは同じよ」


父親が言った。


「そうだな」


母親はしばらく黙ってから、


「でも、昔は本当に男の子がいれば安心だと思ってた」


と言った。


「今も?」


父親が聞いた。


母親は少し考えた。


「分からない」


それだけだった。


翌朝、林は仕事へ向かった。


駅へ歩いている途中、小さな子どもを連れた家族を見かけた。


父親が子どもの手を引いている。


母親が後ろから歩いている。


男の子か女の子か、林には分からなかった。


ただ、その家族がどこへ向かっているのかも、林には分からなかった。


林はそのまま駅へ向かった。


それぞれの家には、それぞれの考えがある。


誰かは家を継ぐことを大切にする。


誰かは子どもが自分の人生を選ぶことを大切にする。


同じ家の中でも、考えが変わることがある。


そして、その考えが変わらない人もいる。


林は電車に乗った。


今日も仕事だった。


窓の外の景色が、ゆっくり後ろへ流れていった。

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