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家にいる人  作者: 亀


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第三十章 結婚の話

秋が深くなった頃、近所の張さんの家に人が集まっていた。


林の母親が買い物から帰る途中、その家の前を通った。


「今日は何かあるの?」


近所の人に聞くと、


「娘さんの結婚の話らしいよ」


と言われた。


母親は少し立ち話をしてから帰った。


夕食のとき、その話が出た。


「張さんのところ、娘さん結婚するんだって」


林はご飯を食べながら、


「この前も聞いたよ」


と言った。


「そうだった?」


「うん」


父親も聞いていた。


「相手はどんな人なんだ?」


「会社員らしいよ」


「そうか」


母親は続けた。


「でも、家が必要なんだって」


林は顔を上げた。


「家?」


「相手の親が、結婚するなら家を用意したほうがいいって言ってるらしいの」


父親は少し黙った。


「今の若い人は大変だな」


母親が言った。


「張さんのところも、かなりお金を出すみたい」


「どのくらい?」


「そこまでは知らないけど、貯金だけじゃ足りないって」


林は何も言わなかった。


数日後、張さん本人と会った。


スーパーの前だった。


「林くん、仕事はどうだ?」


「続いてます」


「そうか。よかったな」


張さんは笑ったが、少し疲れているように見えた。


「張さん、娘さんの結婚、大変なんですか?」


張さんは一瞬黙った。


「まあな」


「家のこと?」


「それもある」


張さんは買い物袋を持ち直した。


「娘が結婚したいって言ってるなら、親としてできることはしてやりたいだろ」


「そうですね」


「でもな」


張さんは少し笑った。


「してやりたいことと、できることは違うな」


林は黙って聞いていた。


「俺たちの頃は、そんなに家のことなんて考えなかった」


「今は違いますね」


「そうだな」


張さんは少し考えてから、


「でも、娘には言えないんだよ」


「何を?」


「うちはこれ以上出せないってことを」


林は何も答えられなかった。


その日の夜、林はその話を父親にした。


父親は黙って聞いていた。


「張さんも大変だな」


「うん」


「子どものためなら、無理してでも出したくなるんだろうな」


林は父親を見た。


「父さんも、俺の結婚のときはそうする?」


父親は少し考えた。


「分からんな」


「前なら、するって言ってたんじゃない?」


「そうかもしれん」


父親は笑った。


「でも、今はお前が何を望むか聞くと思う」


林は少し驚いた。


「俺が何を望むか?」


「そうだ」


父親はご飯を食べながら言った。


「金を出すかどうかは、そのあと考える」


母親が横から言った。


「お父さん、結局出すんじゃない?」


「分からん」


「絶対出すよ」


父親は笑った。


「出せるならな」


三人で笑った。


その夜、林は自分の部屋で考えた。


親が子どものためにお金を使うこと。


それ自体は悪いことではない。


自分も、父親と母親にたくさん助けてもらった。


大学の学費。


生活費。


家を出たときの家具。


仕事を探していた時期の生活。


いろいろ思い出せば、きりがなかった。


だからこそ、親から何かをしてもらったら、その分だけ親の言うことを聞かなければならないのか、と考えることもあった。


でも、今は少し違うと思っていた。


助けてもらったことには感謝する。


それと、自分の人生を自分で決めることは、別の話だった。


林はその考えを、まだ父親には話さなかった。


話す必要がないと思った。


父親も少しずつ変わっている。


自分もまだ途中だった。


翌週、張さんの家では正式に結婚の日取りが決まったらしい。


近所では、


「よかったね」


という声が増えた。


林の母親もそう言った。


「本当に、よかったね」


ただ、その家の中で、誰がいくら出すのか。


誰がどこまで借りるのか。


結婚した後、二人がどう生活するのか。


それは、近所の人には分からない。


林も知らない。


そして、それを知らなくてもいいと思った。


人の家には、人の生活がある。


自分の家にも、自分の生活がある。


林は仕事に向かう朝、駅まで歩きながらそう考えた。


結婚するかどうかも分からない。


家を買うかどうかも分からない。


ただ、もし自分が何かを選ぶ日が来たら、そのときは自分で考えたい。


親が助けてくれるなら、ありがとうと言えばいい。


助けてもらえないなら、そのときは自分で考える。


それだけのことなのかもしれなかった。


駅に着いた。


電車が来る。


林はいつものように乗り込んだ。

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