第二十三章 面接の日
面接の日は、朝から少し暑かった。
林はいつもより早く起きた。
シャツを一枚出して、鏡の前に立つ。
ネクタイを締める必要はなかった。
それでも、何度か襟を直した。
母親が廊下から声をかけた。
「朝ご飯、食べる?」
「食べる」
「緊張してる?」
「少し」
母親は笑った。
「緊張するくらいがいいんじゃない?」
林も少し笑った。
朝ご飯を食べていると、父親が言った。
「終わったら電話してくれ」
「うん」
「どうだったか聞きたいから」
「分かった」
父親はそれ以上何も言わなかった。
林は家を出た。
駅まで歩きながら、スマートフォンに保存していた求人票をもう一度確認した。
勤務時間。
休日。
給与。
仕事内容。
何度も見たはずなのに、今日は違って見えた。
「事務」と書いてある。
しかし、その一言だけでは実際の仕事は分からない。
会社に着くと、受付で名前を伝えた。
しばらくして、担当者が来た。
「林さんですね。今日はありがとうございます」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
小さな会議室に通された。
面接は思っていたより静かだった。
これまでの仕事について聞かれた。
大学を卒業してから何をしてきたのか。
なぜ仕事を辞めたのか。
なぜ今この会社に応募したのか。
林は少し迷ったが、嘘をつかずに答えた。
「最初の仕事が自分に合わなくて辞めました。その後、別の会社に入りましたが、そこも長く続きませんでした」
担当者は黙って聞いていた。
「今は、どういう仕事を探していますか?」
林は少し考えた。
以前なら、
「長く働ける仕事です」
と答えていたかもしれない。
でも今日は違った。
「自分で覚えていける仕事を探しています」
「覚えていける?」
「はい。最初から全部できるとは思っていません。でも、やったことが増えていく仕事のほうがいいと思っています」
担当者はメモを取った。
「なるほど」
それから、会社の仕事について説明した。
電話対応もある。
書類の整理もある。
取引先との連絡もある。
忙しい時期には残業もある。
林は話を聞きながら、用意してきた紙を思い出した。
面接の最後に、担当者が言った。
「何か質問はありますか?」
林は一瞬黙った。
そして聞いた。
「残業は、忙しい時期だとどのくらいありますか?」
「月によって違いますが、多い月で二十時間前後です」
「分かりました」
「ほかには?」
「試用期間中も、仕事内容は同じですか?」
「基本的には同じです」
林は頷いた。
最後にもう一つ聞いた。
「この仕事は、長く続けている方が多いですか?」
担当者は少し考えてから答えた。
「人によりますね。長い人もいますし、一、二年で辞める人もいます」
「そうですか」
面接はそれで終わった。
帰り道、林は駅まで歩いた。
採用されるかどうかは分からなかった。
ただ、面接を受ける前よりも、その会社のことが分かった。
そして同時に、自分が何を気にしているのかも少し分かった。
家に着くと、母親が聞いた。
「どうだった?」
「普通だった」
「仕事、良さそう?」
「まだ分からない」
父親も居間から聞いていた。
「採用されそうか?」
林は靴を脱ぎながら答えた。
「それも分からない」
父親は少し笑った。
「そうか」
少し間を置いて、
「まあ、連絡を待つしかないな」
と言った。
林は「うん」と答えた。
その夜、父親は近所の人から電話を受けた。
「林くん、今日面接だったんだって?」
「そうだよ」
「じゃあ、もうすぐ仕事も決まるね」
父親は少し笑った。
「まだ分からないよ」
電話を切ったあと、母親が言った。
「前なら、もう決まったみたいに話してたね」
父親は苦笑した。
「そうだったな」
「気をつけてる?」
「一応な」
母親は何も言わなかった。
林は隣の部屋で、その会話を聞いていた。
聞こえてきたことを、わざわざ言う必要はないと思った。
父親も少しずつ変わっている。
自分も少しずつ変わっている。
でも、面接を受けただけで仕事が決まるわけではない。
仕事が決まったとしても、それで生活の問題が全部なくなるわけでもない。
林はスマートフォンを開いた。
求人サイトを見る。
新しい求人がいくつか出ていた。
一つを保存した。
そして、もう一つも保存した。
面接を受けた会社から返事が来るまで、何もしないという選択もできた。
それでも林は、次の求人を見ていた。
まだ決まっていないからだった。




