第二十二章 まだ決まっていないこと
数日後の夕方、林は面接の連絡を受けた。
求人サイトから応募した会社だった。
電話の向こうの人は、面接の日にちと時間を確認した。
「はい。分かりました。ありがとうございます」
電話を切ったあと、林はしばらく画面を見ていた。
母親が台所から顔を出した。
「どうしたの?」
「面接」
「決まったの?」
「うん。面接の日が決まっただけ」
母親は少し笑った。
「それでも一歩じゃない」
林は「まあ」と答えた。
その日の夕食のとき、父親にも話した。
「今度、面接がある」
父親は箸を止めた。
「どこの会社だ?」
「前に見つけたところ。営業じゃなくて、事務の仕事」
「給料は?」
「まだ分からない」
「通勤は?」
「電車で四十分くらい」
父親は何度か頷いた。
「そうか。じゃあ、ちゃんと準備しておけ」
「うん」
それだけで話は終わった。
ところが、翌日の昼。
林が部屋で面接の準備をしていると、母親が入ってきた。
「昨日の会社、決まったらしいね」
林は顔を上げた。
「まだ面接もしてないよ」
「そうなの?」
「うん」
「お父さんが、もう仕事が決まったって近所の人に話してたよ」
林は少し黙った。
「……なんで?」
母親は困ったように笑った。
「嬉しかったんじゃない?」
「でも、まだ決まってないよ」
「そうだけど」
林は机の上の履歴書を見た。
まだ何も始まっていない。
面接を受けて、会社の話を聞いて、自分でも考えて、それから決まる。
それだけのことだった。
夕方、父親が帰ってきた。
林は聞いた。
「父さん、俺の仕事が決まったって言った?」
父親は靴を脱ぎながら答えた。
「いや、決まったとは言ってない。面接があるって言っただけだ」
「でも、近所では決まったことになってる」
父親は少し考えた。
「そんなつもりじゃなかった」
「うん」
「別に、決まったって言ったわけじゃないだろ」
「でも、みんなそう思うよ」
父親は黙った。
少ししてから、
「じゃあ、まだ言わないほうがよかったな」
と言った。
林も、それ以上は言わなかった。
夕食後、父親は近所の人から声をかけられた。
「林くん、仕事決まったんだって?」
父親は一瞬、答えに迷った。
「いや、まだ面接だよ」
「なんだ、そうなの」
「うん。まだ分からない」
それだけ言って、家に戻った。
玄関を閉めたあと、父親は林に言った。
「まだ決まってないって言っておいた」
「ありがとう」
「別に」
父親は上着を脱いだ。
「面接、頑張れよ」
「うん」
林は部屋に戻った。
机の上には、会社の求人票が開いたままだった。
仕事内容。
勤務時間。
給与。
休日。
一つずつ読んでいく。
以前なら、父親がどう思うかを先に考えていた。
今も完全になくなったわけではない。
ただ、今回は少し違った。
この仕事を受けるかどうかを考える前に、
まず、自分が何を確認したいのかを考えていた。
面接で聞くことを紙に書いた。
残業はどのくらいあるのか。
試用期間はどうなっているのか。
実際の仕事は求人票と同じなのか。
休みは取れるのか。
そして最後に、
「長く続けられそうか」
と書いた。
林はその文字をしばらく見ていた。
まだ答えはない。
面接に行っても、採用されないかもしれない。
採用されても、続かないかもしれない。
それでも、今はそれを一つずつ確かめるしかなかった。
台所から母親の声が聞こえた。
「林、ご飯食べる?」
「うん。今行く」
林は紙を机の端に置いた。
まだ何も決まっていない。
だからこそ、自分で考えられることは、まだ残っていた。




