第二十一章 何もしない日
不採用の連絡が来てから、一週間が過ぎた。
林は毎日、求人を見ていた。
ただ、応募する件数は少しずつ減っていた。
最初は一日に何件も見ていた。
今は、朝に一度見るだけの日もある。
条件を見て、
「ここは無理だな」
と思う。
別の求人を見る。
「経験が足りない」
と思う。
また別の求人を見る。
「給料が低すぎる」
と思う。
そうしているうちに、昼になった。
昼食を食べる。
少し横になる。
気がつくと夕方になっている。
何もしていないわけではない。
けれど、何かをしたという感覚もなかった。
ある日の午後、母親が部屋の前を通った。
「今日、仕事探した?」
林は画面を見たまま、
「うん」
と答えた。
母親はそれ以上何も言わなかった。
少し歩いてから、また戻ってきた。
「ご飯、もうすぐだから」
「分かった」
母親が離れていった。
林は携帯を机に置いた。
画面には求人情報が表示されていた。
けれど、もう見る気になれなかった。
窓の外を見る。
庭では父親が何か作業をしていた。
林はしばらくそれを見ていた。
父親は、何も言わなかった。
夕食の時も、父親は仕事の話をしなかった。
母親も何も聞かなかった。
三人で黙って食べていた。
食事の途中で、父親が言った。
「明日、畑を手伝ってくれないか」
林は少し驚いた。
「いいよ」
「朝からじゃなくていい。昼からでいい」
「分かった」
それだけだった。
次の日。
林は昼過ぎに庭へ出た。
父親は畑にいた。
「そこ、土をならしてくれ」
「うん」
二人で作業をした。
しばらくして、父親が言った。
「腰、痛くないか?」
「大丈夫」
「そうか」
また静かになった。
林は土をならした。
作業は単純だった。
土をならして、石を拾う。
草を取る。
何度も同じことを繰り返す。
一時間ほど経った頃、林が言った。
「父さん」
「ん?」
「俺、家にいるの、嫌なんだよね」
父親は作業を止めなかった。
「分かってる」
「何もしてないみたいで」
「何もしてないわけじゃないだろ」
林は少し笑った。
「仕事してないけど」
「仕事だけが全部じゃない」
林は父親を見た。
その言葉は、以前の父親なら言わなかったような気がした。
「でも、仕事は探さないとな」
父親はそう付け加えた。
林は笑った。
「そこは言うんだ」
「そりゃそうだ」
二人とも笑った。
その日の夕方、林は久しぶりに外へ出た。
コンビニまで歩いた。
帰り道、同年代くらいの男とすれ違った。
男はスーツを着ていた。
林は一瞬、その姿を目で追った。
自分もああなっていればよかったのか。
大学を出て、そのまま一つの会社で働いていれば。
結婚して、家を買って、普通に暮らしていれば。
そんな考えが浮かんだ。
けれど、すぐに消えた。
その人の生活を、自分は知らない。
何を考えているのかも知らない。
見えているのは、スーツだけだった。
林は歩き続けた。
家に戻ると、母親がテレビを見ていた。
テレビでは、若い人の就職について話していた。
母親が、
「今の若い人も大変ね」
と言った。
林は何も言わなかった。
少しして、
「俺も若い人だけど」
と言った。
母親は笑った。
「そうだったね」
二人で少し笑った。
その夜、林は自分の部屋で求人を見た。
一件、気になる仕事があった。
給料はそれほど高くない。
勤務地も遠い。
仕事内容も、自分がやりたい仕事なのか分からない。
それでも、応募条件には当てはまっていた。
林はしばらく画面を見ていた。
応募のボタンを押す。
その指が止まった。
また落ちたらどうする。
そう思った。
でも、少ししてから、ボタンを押した。
画面に、
「応募を受け付けました」
と表示された。
林は携帯を机に置いた。
結果は分からない。
明日になるかもしれない。
数日後かもしれない。
また不採用になるかもしれない。
それでも、その日は何かを一つ決めた。
大きな決断ではなかった。
人生が変わるほどのことでもなかった。
ただ、自分で一件応募した。
それだけだった。
家の外では、風が吹いていた。
父親と母親は、もう眠っている。
林も電気を消した。
まだ何も決まっていない。
けれど、明日もここにいることだけは分かっていた。




