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家にいる人  作者: 亀


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第十八章 帰る場所

春になった。


村の道端に、去年の枯れ草がまだ残っていた。


周は朝から庭の片付けをしていた。


劉は台所で昼の準備をしていた。


その時、外から声がした。


「周さん、いる?」


近所の李さんだった。


「いるよ」


周が返事をすると、李さんが入ってきた。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「何?」


「うちの甥のことなんだ」


李さんは椅子に座った。


甥は二十代後半だった。


大学を出たあと、いくつか仕事を変えた。


最近は仕事を辞めて、家に戻っているという。


「今、仕事を探してるんだけど、なかなか見つからないらしい」


「そうか」


「本人は焦ってるんだよ」


周は黙って聞いた。


「親は親で、毎日言うんだって」


李さんは少し苦笑した。


「早く仕事を見つけろ。近所の人に何て言われる。いつまで家にいるんだって」


劉が台所から顔を出した。


「それは本人もつらいでしょうね」


「そうなんだよ」


李さんはため息をついた。


「でも、親からすると、何もしてないように見えるらしい」


周は少し考えた。


「仕事がないのと、何もしてないのは違うだろ」


李さんは周を見た。


「そうなんだけどな」


しばらく沈黙があった。


「本人はどうしたいって?」


「分からないらしい」


「分からない?」


「何をしたいのかも、どんな仕事なら続けられるのかも、もう分からないって」


周は何も言わなかった。


その言葉を聞いて、少しだけ昔の子どものことを思い出した。


学校を選ぶ時。


仕事を選ぶ時。


人生には、いつも何かを選ばなければならない時が来る。


けれど、選択肢が見えているとは限らない。


「親は何て言ってる?」


周が聞いた。


「とにかく働けって」


「本人は?」


「何も言わない」


劉が静かに言った。


「何も言わないのも、何かを考えてるのかもしれないね」


李さんは頷いた。


「俺もそう思う。でも、家にいる時間が長くなると、親も不安になるんだよ」


周はそれを聞いて、


「不安だから、子どもに言うのか」


と言った。


「そうだと思う」


「じゃあ、子どもも不安で、親も不安なんだな」


李さんは少し笑った。


「そういうことになるな」


その日の夕方、周は一人で畑に出た。


土をならしながら、昼の話を思い出していた。


不安。


その言葉が頭に残った。


自分もそうだった。


子どもが小さい時は、病気にならないか心配だった。


学校に入れば、勉強ができるか心配だった。


大きくなれば、仕事が見つかるか心配だった。


結婚すれば、家庭がうまくいくか心配だった。


家を買えば、借金は大丈夫かと心配になる。


子どもが何かを選ぶたびに、不安が生まれる。


そして、その不安を消すために、


「こうしたほうがいい」


と言いたくなる。


周は手を止めた。


もしかすると、親が子どもの人生を決めたくなるのは、子どものためだけではないのかもしれない。


自分が安心したいから。


そんな考えが浮かんだ。


けれど、すぐには答えを出さなかった。


人の不安は、そんなに簡単なものではない。


夜、子どもから電話があった。


「父さん、今大丈夫?」


「ああ」


「ちょっと聞きたいことがある」


「何だ?」


「仕事のことで」


周は少し姿勢を正した。


以前なら、ここで自分の考えを先に話していた。


けれど、今日は待った。


「何かあったのか?」


「いや。今の仕事を続けるか、少し迷ってる」


周は黙った。


心の中では、いくつかの言葉が浮かんだ。


続けたほうがいい。


せっかく入った会社なんだから。


簡単に辞めるな。


もう少し我慢しろ。


どれも、昔ならすぐに口にしていた。


でも、今は言わなかった。


「どうして迷ってる?」


そう聞いた。


電話の向こうで、子どもが少し考えた。


「自分でも、まだ整理できてない」


「そうか」


「だから、父さんならどうするかなと思って」


周はしばらく黙った。


そして、


「俺なら、俺の生活を考える」


と言った。


「お前なら、お前の生活を考えればいい」


子どもは何も言わなかった。


周も何も言わなかった。


しばらくして、


「ありがとう」


と聞こえた。


電話を切ったあと、周は携帯を机の上に置いた。


劉が聞いた。


「何だったの?」


「仕事のこと」


「何て言ったの?」


周は少し笑った。


「自分で考えろって」


劉も笑った。


「前なら、あなたが全部決めてたでしょうね」


「そうだな」


周は湯飲みを持ち上げた。


「でも、俺が決めても、あいつの人生にはならないからな」


窓の外は暗かった。


村の家々にも、少しずつ明かりがついていた。


それぞれの家に、それぞれの事情がある。


親が子どものことで悩む家もある。


子どもが親のことで悩む家もある。


何も話さない家もある。


何年も同じことを繰り返している家もある。


そして、どこかで少しずつ変わっている家もある。


周はそれを知らない。


ただ、自分の家の中で、自分ができることを少しずつ考えていた。


子どもの人生を背負うことではない。


子どもの人生を決めることでもない。


必要な時に、戻ってこられる場所を残しておくこと。


そのくらいなら、自分にもできる気がした。


周は電気を消した。


二人の家は、いつものように静かになった。

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