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家にいる人  作者: 亀


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第十七章 人の話

春になる少し前だった。


畑の仕事が始まるまで、まだ少し時間があった。


劉は家の前で野菜を洗っていた。


向かいの李さんが通りかかった。


「最近、息子さん帰ってきた?」


「この前、来たよ」


「そう。仕事は続いてるの?」


「続けてるみたい」


李さんは少し笑った。


「うちの息子は、また仕事を変えるって言ってるよ」


劉も笑った。


「若い人は、いろいろ考えるんでしょう」


「そうなんだけどね。親としては心配になるよ」


二人はしばらく話をした。


仕事のこと。


家のこと。


近所の人のこと。


昔から変わらない話だった。


李さんが帰ったあと、劉は野菜を洗いながら考えた。


そして、夕方になって周に言った。


「李さんのところ、また息子さんが仕事を変えるんだって」


周は箸を止めた。


「そうか」


「何度も変えてるみたい」


「本人が決めることだろ」


劉は少し驚いた。


「前なら、そんなこと言わなかったでしょう」


「そうか?」


「そうよ」


周は何も答えなかった。


劉はしばらく周を見ていた。


「最近、あなた少し変わったね」


「別に」


「別にって」


劉は笑った。


「まあ、いいけど」


食事が終わると、劉は食器を片付けた。


その時、携帯が鳴った。


親戚からだった。


「もしもし」


劉が電話に出る。


しばらく話しているうちに、相手が子どもの話を始めた。


「まだ家を買ってないの?」


「そうみたい」


「もういい歳でしょう。早く買ったほうがいいんじゃない?」


劉は少し黙った。


「まあ、本人が考えてるでしょう」


電話の向こうから、また何か言われた。


以前なら、その話をそのまま周に伝えていた。


「あそこの息子は家を買った」


「誰々のところは結婚した」


「誰々のところは給料が上がった」


そうやって、他人の生活が家の中に入ってきた。


そして、いつの間にか自分たちの子どもの話になっていた。


電話を切ったあと、劉は台所に立ったまま動かなかった。


周が聞いた。


「誰だった?」


「親戚」


「何の話?」


「……家のこと」


周はそれ以上聞かなかった。


劉も何も言わなかった。


少しして、劉が言った。


「前なら、私、あなたに言ってたよね」


「何を?」


「誰々は家を買ったとか、誰々の息子は結婚したとか」


「うん」


「あなたも、気にしてたでしょう」


周は少し考えた。


「気にしてたな」


「今は?」


「別に」


「どうして?」


周は湯飲みを手に取った。


「人の家は、人の家だからな」


劉は黙った。


その言葉を聞いて、少しだけ笑った。


「そうね」


夜になった。


二人はテレビをつけたまま、別々のことをしていた。


しばらくして劉が言った。


「でもね」


「ん?」


「私、他の人の話を聞くと、つい自分の子どもと比べちゃうんだと思う」


周はテレビを見たまま聞いていた。


「別に、うちの子が悪いと思ってるわけじゃないのよ」


「分かってる」


「ただ、みんながそうしてると、うちもそうしたほうがいいのかなって」


「分かる」


周は短く答えた。


劉は少し考えてから、


「あなたも、そうだった?」


と聞いた。


周は答えるまでに少し時間がかかった。


「俺もそうだったと思う」


「成績とか?」


「ああ」


「よその子と比べてた?」


「うん」


劉は小さく息を吐いた。


「私もよ」


二人とも、それ以上は話さなかった。


責める人はいなかった。


謝る人もいなかった。


ただ、二人とも、自分たちが昔から使ってきた言葉を思い出していた。


翌日。


劉は近所の張さんと道で会った。


張さんは息子の話をしていた。


「うちの息子は、本当に言うことを聞かない」


「どうしたの?」


「家を買うって言ってるんだ」


「そうなの」


「そんな金、どこにあるんだって言ったら、自分で何とかするって」


劉は何も言わなかった。


張さんは続けた。


「親の言うことを聞かないで、どうするんだろうね」


以前の劉なら、


「そうよね」


と答えていたかもしれない。


けれど、その日は少し考えてから、


「でも、自分のお金なら、自分で考えるんじゃない?」


と言った。


張さんは少し驚いた顔をした。


「劉さんまでそんなこと言うの?」


「ううん。分からないけど」


劉は笑った。


「私も、最近ちょっと考えるようになっただけ」


二人はそこで別れた。


家に戻る途中、劉は自分でも不思議だった。


息子のことを考えれば、心配はある。


他人と比べてしまうことも、まだある。


昔の癖が全部なくなったわけではない。


それでも、誰かの言葉を聞いた時に、


「じゃあ、うちも」


とすぐに考えなくなっていた。


家に帰ると、周が庭にいた。


「どうだった?」


と聞いた。


「何が?」


「張さん」


「息子さんの話」


「ああ」


劉は少し笑った。


「人の家のことを考えるのも、疲れるね」


周も笑った。


「今さら気づいたか」


「あなたもでしょう」


「まあな」


二人は並んで庭を見た。


まだ寒さは残っていた。


春は近い。


けれど、すぐに何もかも変わるわけではない。


人の考え方も同じだった。


長い間使ってきた言葉は、簡単には消えない。


ただ、それを次に誰かへ渡す前に、一度止まることはできる。


劉はそう思った。


そして、家の中へ入った。


その日の夜も、夫婦はいつも通りに言い合いをした。


夕食の味付けのことだった。


「ちょっと薄いんじゃない?」


「そう?」


「うん」


「じゃあ、自分で塩入れれば?」


「分かった」


いつもの会話だった。


何も変わっていない。


けれど、二人とも少しずつ、


相手の人生を自分の考えだけで決めないことを覚え始めていた。

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