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家にいる人  作者: 亀


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第十五章 同じ言葉

秋になって、村の道に落ち葉が増えた。


周は朝、近くの商店へ行く途中で、李さんの家の前を通った。


李さんは周より少し年上で、若いころからずっとこの村で暮らしている。


息子は高校を卒業してから町へ出て、そのまま戻ってこなかった。


以前は、李さんもよく息子のことを話していた。


「最近の若い者は、親の言うことを聞かない。」


「仕事を変えたいと言っている。」


「結婚もしない。」


「自分で何でも決めたがる。」


周も以前なら、


「うちも同じだよ。」


と笑っていた。


その日も、李さんは家の前に立っていた。


「周さん。」


「ん?」


「息子から電話が来たよ。」


「そうか。」


「仕事を辞めたいって。」


周は少し驚いた。


「またか?」


「まただ。」


李さんは苦笑した。


「今の会社が嫌なんだと。」


「次の仕事は決まってるのか?」


「まだ。」


周は何も言わなかった。


李さんはため息をついた。


「昔だったら、俺は絶対に許さなかった。」


「今は?」


「今も嫌だよ。」


李さんはそう言って笑った。


「でも、あいつももう三十過ぎてるからな。」


「じゃあ、好きにさせるのか?」


「好きにさせるというより……」


李さんは少し考えた。


「俺が決めても仕方ないだろ。」


周は黙って聞いていた。


「失敗したら、あいつが困る。俺が困るわけじゃない。」


「そうだな。」


「もちろん、困ったら助けるけどな。」


李さんはそう言った。


それから少し間を置いて、


「ただ、俺は今でも、今の仕事を続けたほうがいいと思ってる。」


周は笑った。


「結局、反対してるじゃないか。」


「反対はしてる。」


李さんも笑った。


「でも、反対するのと、やめさせるのは違うだろ。」


その言葉が、周の頭に残った。


家に帰ってからも、何となく思い出していた。


反対するのと、やめさせるのは違う。


それは簡単なようで、以前の周にはあまり考えたことのない違いだった。


その日の夜、劉が近所の話をした。


「張さんのところ、また夫婦げんかしたらしいよ。」


「何で?」


「息子さんが家を買うんだって。」


「それで?」


「張さんが反対してる。」


「どうして?」


「遠すぎるんだって。もっと村に近いところに買えって。」


周は少し笑った。


「息子は何て言ってる?」


「自分で決めるって。」


「そうか。」


劉は周の顔を見た。


「何か思うところがあるの?」


「別に。」


「最近、よくそういう顔してるよ。」


「どんな顔だ?」


「人の話を聞いて、何も言わない顔。」


周は笑った。


「俺だって考えることくらいある。」


「昔はすぐ何か言ってたけどね。」


周は返事をしなかった。


しばらくして、劉が言った。


「張さんのところは、たぶん変わらないよ。」


「そうかな。」


「だって、ずっとそうだったもの。」


「でも、子どもが大きくなれば、少しは変わるだろ。」


「親が?」


「どっちも。」


劉は首を横に振った。


「人はそんなに簡単には変わらないよ。」


その言葉には、諦めというより、長い時間を生きてきた人間の感覚があった。


周も、それを否定できなかった。


数日後、周は張さんの家の前で、息子と鉢合わせした。


息子は車に荷物を積んでいた。


「引っ越すのか?」


周が聞くと、息子は笑った。


「はい。新しい家に少しずつ荷物を運んでます。」


「お父さんは?」


「まだ反対してます。」


「そうか。」


「でも、もう決めました。」


周は頷いた。


「自分で決めたなら、ちゃんと考えてやればいい。」


息子は少し驚いたような顔をした。


「周さんのお父さんも、そういう人でした?」


「いや。」


周は笑った。


「俺も、昔は親にいろいろ言われたよ。」


「じゃあ、周さんはどうしたんですか?」


「聞いたふりをして、自分で決めた。」


二人で笑った。


その日の夕方、張さんが周のところへ来た。


「息子、見なかったか?」


「さっき会ったよ。」


「何て言ってた?」


「家を買うって。」


「勝手に決めやがって。」


張さんは椅子に座った。


「俺が反対してるのに。」


周は黙っていた。


張さんは続けた。


「親は子どものことを考えてるんだぞ。」


その言葉を聞いた瞬間、周は少しだけ昔の自分を思い出した。


自分も何度も言った。


子どもが学校を選ぶとき。


仕事を選ぶとき。


家を買うとき。


結婚のことを話したとき。


何度も。


「お前のためだ。」


「俺はお前のことを考えている。」


張さんは言った。


「子どもには、親の経験が必要なんだ。」


「そうだな。」


周はそれだけ答えた。


「だから、聞かせてやらないといけない。」


「うん。」


「でも、あいつは聞かない。」


周はしばらく黙った。


そして、


「聞かせることと、決めることは違うんじゃないか。」


と言った。


張さんが周を見た。


「何だ、それ。」


「いや。」


周は頭をかいた。


「最近、そう思うだけだ。」


張さんは納得していない顔をした。


「俺は親だぞ。」


「分かってる。」


「だったら、俺が言うことを聞くのが普通だろ。」


周はすぐには答えなかった。


その言葉に反論するつもりもなかった。


ただ、自分の子どもが以前言った言葉を思い出した。


「僕は父さんとは違う人生を生きてる。」


あのときは、少し寂しかった。


今でも完全に納得したわけではない。


それでも、少しだけ分かるようになっていた。


親であることと、子どもの人生を決めることは、同じではない。


「まあ……」


周はゆっくり言った。


「息子さんも、もう自分の生活があるからな。」


張さんは何も言わなかった。


それから二人は別の話をした。


畑のこと。


今年の雨のこと。


近所の道路のこと。


いつものような話だった。


張さんが帰ったあと、周は玄関に立ったまま、しばらく外を見ていた。


少し離れたところで、張さんの息子が車を動かしていた。


その横を、別の若い夫婦が通った。


小さな子どもが後部座席で騒いでいる。


「静かにしなさい。」


父親の声が聞こえた。


「ちゃんと言うことを聞きなさい。」


周はその声を聞いて、少しだけ立ち止まった。


自分も昔、同じように言っていた。


その若い父親は、何も悪いことをしているようには見えなかった。


子どもを叱っているだけだった。


その子どもが大人になったとき、どんな父親になるのか。


周には分からなかった。


たぶん、その父親にも分からない。


家族というものは、そういうものなのかもしれない。


親が子どもに渡すものは、お金や家だけではない。


言葉も渡す。


考え方も渡す。


怒り方も、謝り方も、心配の仕方も渡す。


そして、子どもはそれを受け取る。


受け取ったものを、そのまま次の世代へ渡すこともある。


途中で手放すこともある。


別のものに変えることもある。


周は、まだ自分が何を子どもに渡してきたのか、全部は分からなかった。


良かったものもあるだろう。


良くなかったものもあるだろう。


それを考えると、少し怖かった。


それでも、今からできることがないわけではない。


全部をやり直すことはできない。


昔の言葉を消すこともできない。


ただ、次に同じ場面が来たとき、同じ言葉を言わないことはできる。


周は玄関の戸を閉めた。


「ただいま。」


劉が台所から返事をした。


「おかえり。」


いつもの家だった。


何も変わっていないように見えた。


けれど、周自身は少しだけ違っていた。


それが家族にとって何を意味するのかは、まだ分からなかった。

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