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家にいる人  作者: 亀


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第一百四十三章 返事が来るまで

一月の半ばになると、朝の冷え込みが少し強くなった。


周は起きると、まず窓の外を見た。


庭の土が乾いている。


小さな実は、まだ枝に残っていた。


「まだあるね」


後ろから劉が言った。


「うん」


「ずいぶん長いね」


「そうだな」


周は窓を閉めた。


朝食を済ませてから、市場へ向かった。


途中、李さんと会った。


「周さん」


「おはよう」


「息子から連絡があった」


「面接の結果?」


「まだ」


李さんは少し笑った。


「昨日、電話があっただけだ」


「何て?」


「今週中には結果が出るらしい」


「そうか」


「それだけ」


「それでいいんじゃないか」


李さんは頷いた。


「前なら、結果が出るまで毎日聞いてたと思う」


「今は?」


「聞いてない」


「大丈夫か?」


「心配だけどな」


李さんは苦笑した。


「心配することと、毎日聞くことは別だって、少し分かってきた」


周は笑った。


「それならいいな」


市場で二人は別れた。


周は魚を見てから、今日は買わずに帰った。


家へ戻ると、劉が洗濯物を干していた。


「李さん、何だった?」


「息子の面接結果を待ってる」


「まだ決まってないのね」


「うん」


「最近、みんな仕事の話ばかりね」


周は笑った。


「仕事は生活に近いからな」


「昔もそうだった?」


「昔は仕事そのものより、仕事があるかないかのほうを気にしてた気がする」


「そうね」


劉は洗濯ばさみを一つ留めた。


「今は、仕事があっても大変だしね」


「そうだな」


二人はそれ以上話さなかった。


午後、周は物置から古い自転車を出した。


タイヤの空気が抜けていた。


空気入れを持ってきて、ゆっくり入れる。


何度か押していると、近所の若い男が通りかかった。


「周さん、それまだ使ってるんですか?」


「たまにな」


「古いですね」


「長いからな」


「俺の自転車も最近調子悪くて」


「どこ?」


「チェーンが外れる」


周は自転車を見た。


「一度、店に持っていったほうがいい」


「修理店、閉まったじゃないですか」


「ああ」


二人で少し黙った。


「息子さん、別の仕事に行ったんですよね」


「そう聞いてる」


「じゃあ、もう直してくれる人いないですね」


「そうだな」


若い男は笑った。


「店がなくなると、困ることありますね」


「そういうこともある」


男は自転車を押して帰っていった。


周は古い自転車のチェーンを確認した。


まだ使える。


ただ、以前より動きが重い。


午後の終わりごろ、周は市場へもう一度出た。


帰り道、閉店した修理店の前で足を止めた。


「テナント募集」の文字の下に、新しい小さな紙が貼られていた。


「内覧予定」


周は少し眺めた。


誰が入るのかは書いていない。


そのまま家へ戻った。


夕方、息子からメッセージが来た。


「今日、少し遅くなる」


周は、


「分かった。気をつけて」


と返した。


しばらくして、もう一通来た。


「仕事、少しずつ分かってきた」


周は、


「それならよかった」


と返した。


今度はすぐに返事が来た。


「うん」


それだけだった。


周はスマートフォンを机に置いた。


夕食の時間になった。


劉が皿を並べる。


「息子から?」


「うん」


「仕事、どう?」


「少し分かってきたって」


「よかったね」


「そうだな」


二人で食事を始めた。


しばらくして劉が言った。


「今度、いつ帰ってくるのかしら」


「まだ聞いてない」


「聞かないの?」


「本人が決まったら言うだろ」


「そうね」


劉は箸を置いた。


「でも、ちょっと寂しいね」


周は妻を見る。


「そうだな」


「帰ってきたばかりなのにね」


「だからじゃないか」


「どういう意味?」


「一度帰ってくると、また会いたくなる」


劉は笑った。


「それはそうね」


二人は食事を続けた。


夜、周が庭へ出ると、風が強く吹いていた。


小さな実が揺れている。


周は枝を押さえようとしたが、手を止めた。


無理に支えなくてもいい。


そう思ったわけではない。


ただ、触らないほうがいい気がした。


そのまま家へ戻った。


翌朝、電話が鳴った。


李さんだった。


「周さん」


「どうした?」


「決まった」


「仕事?」


「うん」


周は笑った。


「よかったな」


「来週から」


「そうか」


「本人が決めた」


「それならいい」


李さんは少し黙った。


「俺、昨日までずっと結果を気にしてた」


「そうだろうな」


「でも、決まったら決まったで、今度は続くかどうかが心配になった」


周は笑った。


「それは親だからな」


「そうなんだよ」


「心配はなくならない」


「じゃあ、どうすればいいんだ?」


周は少し考えた。


「心配したまま、口を出さない日もあるんじゃないか」


李さんは電話の向こうで笑った。


「それ、難しいな」


「俺もそう思う」


「周さんでも?」


「俺だって親だからな」


二人は笑った。


電話を切ったあと、周は庭へ出た。


小さな実が一つ、土の上に落ちていた。


周はしゃがんで拾い上げた。


昨日まで枝にあったものだった。


手のひらに乗せると、少し冷たかった。


周はしばらく見ていた。


それから、庭の隅に置いた。


土に埋めることもしなかった。


捨てることもしなかった。


ただ、そこに置いた。


家の中へ戻ると、劉が聞いた。


「落ちた?」


「うん」


「どうするの?」


「そのまま」


「植えないの?」


「分からない」


劉は笑った。


「また分からない」


「そうだな」


窓の外を見る。


枝には、もう実が残っていなかった。


それでも、庭が空っぽになったわけではない。


葉もある。


土もある。


来年どうなるかは、まだ分からない。


周は窓を閉めた。


その日の午後、息子から電話が来た。


「父さん」


「うん」


「来月、休みが取れそう」


「帰ってくる?」


「まだ決まってないけど、たぶん」


「分かった」


「母さんには?」


「決まってから言う」


「うん」


少し沈黙があった。


「父さん」


「ん?」


「前だったら、今の段階で『いつ帰るんだ』って何回も聞いてたよね」


「そうだったな」


「今は聞かないね」


「決まってないからな」


息子は笑った。


「それだけ?」


「それだけだ」


「分かった」


電話が切れた。


周は笑った。


決まっていないものを、決まったことにしない。


それだけのことだった。


けれど、それだけのことが、以前の周には難しかった。


外では、冬の風が吹いていた。


枝から落ちた小さな実は、庭の隅に置かれたままだった。

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