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家にいる人  作者: 亀


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第一百三十七章 土曜日の夜

土曜日の朝、周はいつもより少し早く目を覚ました。


外はまだ暗かった。


隣では劉が眠っている。


周は布団から出ると、台所へ行って湯を沸かした。


冷蔵庫を開ける。


昨日買った野菜が並んでいる。


魚はまだ買っていない。


時計を見ると、まだ市場が開く時間には早かった。


周は窓を開けた。


冷たい空気が入ってきた。


庭を見ると、名前の分からない植物の葉に霜のような水滴がついている。


小さな実は、一つだけ残っていた。


周はそれを見てから、窓を閉めた。


朝食を食べ終わったころ、劉が言った。


「今日は何時に帰ってくるの?」


「仕事が終わってからだから、夜だろう」


「何時?」


「本人もまだ分からないんじゃないか」


「そうね」


劉は少し考えた。


「魚、昼に買っておく?」


「夕方でいい」


「売り切れない?」


「土曜日だから、たぶん大丈夫だ」


「たぶんね」


二人は笑った。


午前中、周は掃除をした。


息子が使っていた古い部屋も、特別には片づけなかった。


机の上には何も置いていない。


棚には昔の本が数冊残っている。


椅子は少し傷んでいた。


周は窓を開け、空気を入れ替えた。


それだけだった。


昼過ぎ、劉が布団を一枚出してきた。


「これ、干しておこう」


「まだ使える?」


「大丈夫」


「じゃあ、干しておけばいい」


ベランダに布団を干した。


風が強かったので、二人で端を押さえた。


「昔はもっと大きく感じたね」


劉が言った。


「何が?」


「この布団」


周は笑った。


「子どもが小さかったからだろ」


「そうね」


二人はしばらくベランダに立っていた。


昔のことを話すわけでもなかった。


ただ、布団が風で飛ばないように押さえていた。


午後三時ごろ、息子からメッセージが来た。


「今、仕事終わった」


周は、


「気をつけて帰ってこい」


と返した。


しばらくして、


「たぶん十時過ぎる」


と来た。


「分かった」


劉に伝えると、


「十時過ぎ?」


「そうらしい」


「じゃあ、夕食どうする?」


「帰ってきてから食べるんじゃないか」


「何時になるか分からないよ」


「先に食べてもいい」


「でも、帰ってきたら一人で食べさせるの?」


「本人に聞けばいい」


劉は少し考えた。


「じゃあ、魚だけ焼いておく?」


「帰ってから焼いたほうがいいだろ」


「そうね」


夕方、周は市場へ行った。


魚売り場には何種類か残っていた。


少し大きめの魚を一匹選んだ。


店員が、


「今日は息子さん?」


と聞いた。


「そう」


「いつも帰ってくるの?」


「たまに」


「いいですね」


周は笑った。


「仕事があるから、そう何度も来られないよ」


魚を袋に入れてもらった。


帰宅すると、劉が台所で下ごしらえを始めた。


「何時ごろ?」


「十時過ぎ」


「じゃあ、まだ時間あるね」


「そうだな」


夕方六時を過ぎても、息子からは連絡がなかった。


八時。


九時。


劉は何度か時計を見た。


「まだ?」


「まだだな」


「電話しなくていいの?」


周はスマートフォンを見た。


「仕事が終わったって連絡は来てる」


「でも、もう九時よ」


「帰る途中かもしれない」


劉は少し黙った。


「昔だったら、電話してたでしょう」


「そうだったな」


「今はしないの?」


「事故とかなら、会社から連絡が来るだろ」


劉はそれ以上言わなかった。


九時半を過ぎたころ、息子からメッセージが来た。


「今、電車」


周は、


「分かった」


と返した。


それから二十分ほどして、


「あと少し」


と来た。


劉が台所から顔を出した。


「もうすぐ?」


「あと少しらしい」


「じゃあ、魚を出そう」


「まだ焼かなくていい」


「冷蔵庫に入れてあるから大丈夫」


二人はテレビをつけたまま待った。


十時四十分ごろ、玄関の外で足音がした。


鍵が回る。


「ただいま」


「おかえり」


劉が玄関へ向かった。


息子は荷物を一つ持って立っていた。


「遅くなった」


「仕事、大変だった?」


「今日はちょっと長かった」


「お腹空いた?」


「うん」


「じゃあ、すぐ焼くね」


息子は靴を脱いだ。


居間へ入ると、物置にあった古い机の話になった。


「机、まだある?」


「あるよ」


「今度見たい」


「見るだけ?」


「たぶん」


周は笑った。


「まだ決まってないんだな」


「うん」


三人で笑った。


魚を焼く間、息子は手を洗い、荷物を部屋へ置いた。


劉が皿を並べた。


食卓に魚が置かれたのは、十一時を少し過ぎていた。


「いただきます」


三人で食べ始めた。


息子は最初に魚を一口食べた。


「うまい」


「疲れてるからだろ」


「それもあるかも」


劉が笑った。


「仕事はどう?」


息子は少し考えた。


「まだ慣れてない」


「そうでしょうね」


「でも、前の仕事とは違うところが多い」


「大変?」


「大変だけど、まだ分からない」


周は箸を止めた。


「そうか」


それ以上は聞かなかった。


息子はしばらく魚を食べていた。


やがて、


「父さん」


「ん?」


「前の仕事のこと、もっと聞いてくればよかったと思ってる」


周は黙った。


「何で辞めたのかとか」


「そうか」


「当時は、自分でもうまく説明できなかった」


「今は?」


「今も全部は説明できない」


周は頷いた。


「それなら、無理に説明しなくてもいいだろ」


息子は少し笑った。


「そうだね」


三人はまた食事を続けた。


しばらくして、劉が魚の骨を取りながら言った。


「昔は、このくらいの時間まで起きてたら、明日が大変だったね」


「今も大変だよ」


息子が笑った。


「明日の朝、早いんでしょう?」


「昼前には出るから大丈夫」


「じゃあ、もう少し食べなさい」


「うん」


夜は遅かった。


食事が終わったのは十一時半を過ぎていた。


息子は食器を洗おうとした。


「いいよ、俺がやる」


周が言った。


「いや、やるよ」


「疲れてるだろ」


「これくらい大丈夫」


二人で台所に立った。


劉は隣で布巾を持っていた。


食器を洗い終えると、息子は庭へ出た。


周も後から出た。


夜の空気は冷たかった。


「実、まだあるね」


「一つだけ」


「いつまで残るんだろう」


「分からない」


息子は笑った。


「父さん、それ好きだね」


「何が?」


「分からないって言うの」


「分からないものは仕方ない」


息子は庭を見た。


「そうだね」


二人はしばらく何も言わなかった。


家の中から劉が、


「寒いよ。早く入ってきて」


と声をかけた。


「うん」


息子が返事をした。


周も家へ戻った。


その夜、息子は昔使っていた部屋で眠った。


周と劉は隣の部屋へ戻った。


布団に入る前、劉が小さな声で言った。


「帰ってきたね」


「うん」


「明日の朝、もう帰るけど」


「仕事があるからな」


「それでも、帰ってきたね」


周は返事をしなかった。


しばらくして、


「そうだな」


と言った。


夜中、家の中は静かだった。


誰も話さなかった。


ただ、久しぶりに三人分の靴が玄関に並んでいた。


それだけで、いつもの二人だけの家とは少し違っていた。

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