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家にいる人  作者: 亀


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第一百二十八章 まだ決まっていない人

十月に入って、朝晩の気温が少し下がった。


周は庭の鉢を動かし、枯れた葉を何枚か拾った。


名前の分からない植物には、まだ小さな実が残っていた。


水をやろうとして、周は一度手を止めた。


土は昨日の雨で湿っていた。


そのままホースを片づけた。


朝食のあと、周は市場へ向かった。


八百屋の前で、以前近所に住んでいた張さんの妻を見かけた。


「周さん、久しぶり」


「久しぶりだな。最近どうしてる?」


「娘のところに少し行ってたの」


「そうか」


「孫の世話じゃないよ。娘が引っ越したから、荷物を手伝いに行ってた」


「引っ越したのか?」


「うん。仕事が変わったから」


周は頷いた。


「前の仕事は続けなかったんだな」


「続けなかったみたい」


「次の仕事は?」


「もう決まってる」


そこまで話して、張さんの妻は買い物袋を持ち直した。


「でも、私には詳しいことはあまり言わないのよ」


「そうなのか」


「昔は何でも話してくれたんだけどね」


「仕事が変われば、生活も変わるからな」


「そうね」


彼女は少し笑った。


「私も昔は、親だから何でも知っておかなきゃいけないと思ってた」


「今は?」


「知らなくてもいいことがあるって、最近思うようになった」


周は何も言わずに聞いていた。


「でもね」


彼女は続けた。


「娘から電話が来ると、やっぱり嬉しいのよ」


「それはそうだろ」


「だから、知っていることと、近くにいることは別なのかもしれないね」


「そうかもしれない」


二人は市場の入口で別れた。


周は魚売り場を通ったが、何も買わなかった。


家にはまだ食べるものがあった。


帰宅すると、劉が新聞の折り込み広告を見ていた。


「近くの工場、人を募集してる」


「どんな仕事?」


「包装だって」


「誰か探してるの?」


「隣の李さんが、知り合いの若い人に教えようかって」


周は広告を受け取った。


時給、勤務時間、休日、交通費。


小さな文字まで目を通した。


「条件は普通だな」


「そうね」


「でも、これだけじゃ分からない」


「何が?」


「実際に働いたらどうなのか」


劉は笑った。


「あなた、最近そういうことばかり言うね」


「広告だけじゃ、職場の中までは見えないだろ」


「それもそうね」


昼過ぎ、隣の李さんが来た。


「周さん、さっきの求人見た?」


「見た」


「うちの甥の友達が仕事探してるんだ」


「まだ決まってないのか?」


「うん。前の会社を辞めてから、二か月くらいかな」


「何か仕事はしてないの?」


「短期の仕事を少しやったらしい」


「そうか」


李さんは椅子に座った。


「家では、何してるんだって毎日言われてるらしい」


「毎日?」


「本人も嫌になってるみたい」


周は広告を机の上に置いた。


「その人は、何をしたいんだ?」


「それが、まだ分からないらしい」


「じゃあ、決まってないんだな」


「そういうことだ」


李さんは少し困った顔をした。


「でも、家族からしたら、何も決まってない状態が長いのも心配なんだよ」


「それはそうだな」


「だから、早く決めろって言いたくなる」


周は少し考えた。


「早く決めたら、必ずいい結果になるわけでもないだろ」


「まあな」


「でも、待っていればいいとも限らない」


李さんが周を見た。


「難しいな」


「難しいよ」


周は広告を折った。


「本人が動いてるなら、動いてるところを見ればいいんじゃないか」


「動いてるかどうかも、家にいると分からないらしい」


「それなら、なおさら分からないな」


二人は笑った。


夕方、李さんが帰ったあと、周は庭に出た。


小さな実を一つ見つけた。


触らずに、そのままにした。


夜、劉が食器を洗いながら言った。


「息子、来月から新しい仕事でしょう」


「そうだな」


「ちゃんと続くかな」


「まだ始まってないから分からない」


「またそれ」


劉は笑った。


「でも、少し心配ね」


「俺も心配だよ」


「じゃあ、聞かないの?」


「聞くことと、決めることは違うだろ」


劉は水を止めた。


「昔だったら、何か言ってたね」


「そうだな」


「今は言わないの?」


「必要なら言うよ」


周は少し考えてから続けた。


「でも、必要かどうかは、本人にも分からないことがある」


劉はそれ以上言わなかった。


その日の夜、息子から短いメッセージが届いた。


「来週、研修がある。朝早いから、しばらく電話できないかも」


周は、


「分かった。仕事が落ち着いたら連絡して」


と返した。


しばらくして、


「うん」


とだけ返ってきた。


周はスマートフォンを伏せた。


以前なら、そこからさらに、


「何時に起きるんだ」


「どこまで通うんだ」


「朝飯はどうする」


と聞いていたかもしれない。


今は聞かなかった。


知らないことが残っている。


それでも、明日の朝は来る。


周は窓を閉めた。


外では、どこかの家の自転車が倒れる音がした。


すぐに誰かが起こしたのだろう。


音は一度だけで、また静かになった。


周は照明を消した。


庭の実のことも、息子の仕事のことも、李さんの甥の友達のことも、その夜はそれ以上考えなかった。


まだ決まっていない人がいる。


決まっていないこともある。


それぞれの朝になれば、それぞれがまた動き始める。

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