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家にいる人  作者: 亀


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第一百二十二章 店を離れる人

息子が帰ってから、一週間ほど経った。


朝、周が市場へ向かう途中、張の店の前を通った。


シャッターは閉まったままだった。


前に貼られていた紙は、雨で少し端がめくれている。


周は自転車を止めた。


店の前に、張の息子が立っていた。


「おはよう」


「周さん、おはようございます」


「店、まだ休みか」


「うん」


息子はシャッターを見た。


「父さん、もう少し休むって」


「腰は?」


「前よりはいいみたい」


「それならよかった」


少し沈黙があった。


息子が言った。


「俺、来月から別の仕事に行くことになった」


「そうか」


「ここを手伝うのは、今月までかな」


「決まったんだな」


「うん」


周は店を見た。


「張さんには?」


「話した」


「何て言ってた?」


「最初は何も言わなかった」


「そうか」


「そのあと、『お前が決めたなら、やってみろ』って」


周は頷いた。


「そう言ってくれたなら、よかったな」


息子は少し笑った。


「父さん、昔はもっと反対する人だったんですけどね」


「張さんも変わったのかもしれないな」


「俺もそう思う」


息子はシャッターの前に置かれていた段ボールを持ち上げた。


「これ、家に持って帰ります」


「何が入ってる?」


「古い部品」


「まだ使うのか?」


「分からない。でも、父さんが捨てるなって」


周は笑った。


「それなら持って帰ればいい」


息子は段ボールを車に積んだ。


「周さんは、息子さんに仕事のこと、あまり聞かないですよね」


突然そう言われた。


周は少し考えた。


「聞くこともあるよ」


「でも、前より少ないですよね」


「そうかもしれない」


「どうして?」


周はすぐには答えなかった。


道路を自転車が一台通り過ぎていった。


「聞いても、俺には分からないことがあるからな」


「分からない?」


「仕事の中身も、そこで何が起きてるかも、全部は分からないだろ」


息子は頷いた。


「確かに」


「だから、聞いて分かることだけ聞けばいいと思ってる」


「なるほど」


「それに、言いたくないこともあるだろ」


息子は少し笑った。


「ありますね」


二人はそこで別れた。


周は市場へ向かった。


帰り道、張の店の前を見る。


シャッターはまだ閉まっている。


けれど、前とは少し違って見えた。


店を閉めることと、息子との関係が終わることは同じではない。


息子が別の仕事へ行くことと、父親を見捨てることも同じではない。


周はそんなことを考えながら、自転車をこいだ。


家に帰ると、劉が庭の草を抜いていた。


「張さんのところ、どうだった?」


「息子さん、別の仕事に行くって」


「店は?」


「まだ休み」


「じゃあ、店はどうなるの?」


「分からない」


劉は草を抜く手を止めた。


「張さん、一人になるね」


「そうだな」


「寂しくないかな」


「それは本人にしか分からないだろ」


劉は少し考えた。


「そうだね」


二人で庭の草を片づけた。


昼食のあと、周は昔使っていた工具箱を開けた。


中には古いドライバーやペンチが入っている。


ほとんど使っていないものもあった。


劉が横から見た。


「それ、もう使わないでしょう」


「たぶんな」


「捨てる?」


周は工具を一つ手に取った。


昔、上海で使っていたものだった。


「これは残す」


「何に使うの?」


「分からない」


劉は笑った。


「また分からない」


「そうだな」


工具箱を閉じた。


その日の夕方、息子からメッセージが来た。


「来月から仕事が変わる」


周は、


「この前言ってたやつか?」


と返した。


「うん。決まった」


「そうか。お疲れ」


少しして、


「父さんはどう思う?」


と届いた。


周は画面を見た。


以前なら、給料や勤務時間、会社のことを一つずつ聞いてから何か言おうとしたかもしれない。


今回は、


「お前が考えて決めたなら、やってみればいいと思う」


と返した。


しばらくして、


「ありがとう」


と返ってきた。


周はスマートフォンを置いた。


劉が聞く。


「何だった?」


「仕事が変わるって」


「もう決まったの?」


「うん」


「じゃあ、よかったね」


「そうだな」


夕方、周は庭へ出た。


小さな実は、もう以前のような緑色ではなかった。


少しずつ色が濃くなっている。


周はそれを見ていた。


何になるのかは、まだ分からない。


けれど、変化していることだけは分かる。


張の店もそうだった。


息子が別の仕事へ行くこともそうだった。


自分たちの生活も、いつの間にか少しずつ変わっている。


変わったことを、毎回説明する必要はない。


昨日まであったものがなくなることもある。


その代わりに、別のものが始まることもある。


周は庭の戸を閉めた。


家の中では、劉が夕食の準備をしている。


「今日は何?」


「野菜炒め」


「魚は?」


「今日はないよ」


「そうか」


「明日もいらない?」


「まだ分からない」


劉が笑った。


「またそれ?」


「だって、まだ決めてないからな」


「じゃあ、明日考えよう」


「うん」


二人はいつものように夕食を始めた。

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