↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家にいる人  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

120/301

第一百二十章 閉めた店

九月に入って、朝の暑さが少しだけ和らいだ。


それでも昼になると、まだ蝉の声が聞こえる。


周は朝食を終えると、自転車を出した。


市場へ行く途中、張の店の前を通った。


シャッターは閉まっていた。


その前に、小さな紙が貼ってある。


「しばらく休みます」


それだけだった。


周は自転車を止めた。


紙を読んでから、店の中を少し見た。


暗い店内に、自転車が何台か置かれている。


以前と同じ風景だった。


ただ、人がいない。


周はしばらく立っていたが、そのまま市場へ向かった。


魚売り場では、店員が魚を並べていた。


「今日はどうします?」


「野菜だけ」


「息子さん、また帰ってくるんですか?」


「明日、仕事が終わってから来るかもしれない」


「じゃあ、魚は明日ですね」


「そうだな」


周は笑った。


帰り道、張の店の前をもう一度通った。


紙は風で少し揺れていた。


家に帰ると、劉が庭で洗濯物を干していた。


「店、まだ閉まってた?」


「うん。しばらく休むって」


「腰、そんなに悪いのかな」


「無理しないほうがいいだろ」


「そうだね」


昼食を食べたあと、周は少し横になった。


目を覚ますと、スマートフォンに通知が入っていた。


息子からだった。


「明日、仕事が終わってから行く」


周は、


「分かった」


と返した。


劉に伝えると、すぐに冷蔵庫を開けた。


「じゃあ、明日魚を買おう」


「仕事が終わってからだから、遅くなるぞ」


「分かってる」


「夜になるかもしれない」


「それでもいいよ」


劉は冷蔵庫の中を確認した。


「野菜はある」


「じゃあ、魚だけでいいな」


「うん」


二人はそれ以上、準備をしなかった。


夕方、周は庭へ出た。


小さな実が、少しずつ色を変えている。


手で触ることはしなかった。


近所の子どもが道路から声をかけた。


「おじさん、それ何?」


「分からない」


「知らないの?」


「知らない」


「植えた人なのに?」


「俺が植えたわけじゃない」


子どもは庭をのぞき込んだ。


「食べられる?」


「分からないから、食べないほうがいい」


「じゃあ、何になるの?」


「それも分からない」


子どもは少し考えた。


「分からないこと、多いね」


「そうだな」


子どもは笑って走っていった。


周も笑った。


夜になって、張から電話があった。


「周、明日店に来られるか?」


「どうした?」


「少し片づけたい」


「腰は大丈夫か?」


「息子に手伝ってもらう」


「分かった。午前中なら行ける」


翌朝、周は張の店へ向かった。


シャッターを開けると、少し埃っぽい空気が流れ出した。


張は椅子に座っている。


息子が棚から工具を取り出していた。


「周さん、これどうする?」


「古い工具だから、捨てなくてもいいんじゃないか」


「でも、父さん使わないって」


張が言った。


「使わないんじゃない。今は使えないだけだ」


息子が黙った。


周はその言葉を聞いて、何も言わなかった。


棚の奥には、古い自転車の部品が箱いっぱいに入っている。


「これは?」


息子が聞く。


「それは残しておけ」


張が答える。


「いつ使うか分からない」


「じゃあ、これは?」


「それは捨てていい」


「こっちは?」


「それは……」


張が考える。


「分からない」


息子が笑った。


「父さんも分からないんじゃん」


「分からないものは分からない」


周は少し笑った。


昼前まで、三人で店を片づけた。


捨てるもの。


残すもの。


まだ決められないもの。


三つに分けていった。


「店、いつ再開する?」


息子が聞いた。


張はしばらく黙っていた。


「まだ決めてない」


「分かった」


それだけだった。


帰り際、周は張に言った。


「無理するなよ」


「分かってる」


店を出ると、シャッターはまた閉じられた。


「また開くかな」


周が言うと、息子が答えた。


「分からないですね」


二人とも、その言葉に笑った。


午後、周は家に戻った。


劉は昼食を用意していた。


「どうだった?」


「片づけただけ」


「店は?」


「まだ決めてない」


「そう」


劉はそれ以上聞かなかった。


夕方、周は市場へ行った。


今日は魚を買った。


いつもの店員が、


「今日は三人ですね」


と言った。


「そう」


「大きいのにします?」


周は魚を見た。


「これでいい」


家に戻ると、劉がすぐに魚を受け取った。


「何時ごろ来るって?」


「仕事が終わってからだから、まだ分からない」


「じゃあ、焼くのは来てから」


「そうしよう」


日が暮れても、息子から連絡はなかった。


七時。


八時。


九時。


周は何度も時計を見た。


劉も何も言わなかった。


九時半を過ぎたころ、スマートフォンが鳴った。


「今、終わった。これから向かう」


周は、


「気をつけて」


と返した。


「うん」


劉が台所から顔を出す。


「来る?」


「今から」


「じゃあ、魚焼こうか」


「もう少し待とう」


「そうだね」


二人は台所で待った。


外はもう暗い。


遠くで車の音が聞こえる。


そのたびに、劉が玄関のほうを見る。


周は時計を見た。


それから、魚を見た。


「冷蔵庫に戻しておく?」


「いや、もう少し」


夜は静かに過ぎていった。


店がいつ開くのか。


息子がいつ帰ってくるのか。


庭の実が何になるのか。


まだ分からないことは、今日も残っていた。


けれど、待っている時間もまた、その家の生活の一部になっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。