第一百一十九章 休んだ店
張の店は、その日から三日間閉まっていた。
シャッターには何も貼られていない。
「臨時休業」と書いた紙を貼ることもなく、ただ閉まっている。
周は市場へ行く途中、店の前を通った。
自転車が一台、店の脇に置かれている。
それだけだった。
四日目の朝、シャッターが半分開いていた。
周が中をのぞくと、張が椅子に座っていた。
「もう大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないけど、家にいると暇でな」
張は笑った。
「医者には、しばらく無理するなって言われた」
「じゃあ、店を開けなくてもいいだろ」
「分かってる」
張は工具箱を見ながら言った。
「でも、ここにいると落ち着くんだよ」
周は店の中へ入った。
作業台には、以前から置かれていた自転車がまだある。
「これ、まだ途中か」
「途中のまま」
「直せそう?」
「直せる」
「じゃあ、直せばいい」
「体がな」
張は腰に手を当てた。
「座ってるだけでも痛くなる」
周は何も言わなかった。
しばらくして、張の息子が戻ってきた。
「父さん、病院どうだった?」
「もう来なくていいって」
「薬は?」
「飲んでる」
「ちゃんと?」
「飲んでるよ」
息子は少し疑うような顔をした。
張が笑う。
「お前、母親みたいだな」
「父さんが飲まないからだろ」
周は二人を見ていた。
そのやり取りは、どこか懐かしかった。
心配している人間は、相手の返事を聞いても、もう一度確かめたくなる。
心配される側は、同じことを何度も聞かれると、少し面倒になる。
それでも、完全に離れてしまうわけではない。
張の息子が言った。
「店、しばらく閉めたら?」
「分かってる」
「俺、昼から来るよ」
「仕事は?」
「午前だけだから」
「無理しなくていい」
「別に無理じゃない」
二人とも、それ以上は言わなかった。
周は店を出た。
市場で野菜を買い、帰り道に小さなパン屋の前を通った。
店先に、新しい求人の紙が貼ってある。
「スタッフ募集」
周は足を止めた。
以前、この店には別の店員がいた。
いつの間にか変わったらしい。
店の中を見ると、若い女性が一人でパンを並べていた。
周はパンを二つ買った。
「店員さん、変わったね」
何気なく言うと、
「先月からです」
と女性が答えた。
「前の人は?」
「辞めました」
「そうか」
それ以上は聞かなかった。
家に帰ると、劉がパンを見て、
「珍しいね」
と言った。
「通りかかったから」
二人で昼に一つずつ食べた。
午後、周はテレビをつけた。
ニュースの声が部屋に流れている。
しばらくしてスマートフォンが鳴った。
息子からだった。
「来週の休み、土曜日になった」
周は画面を見る。
「帰ってくる?」
少し迷ってから、そう送った。
しばらく返信がなかった。
「たぶん。仕事が終わってからになる」
周は、
「分かった」
と返した。
劉に伝えると、
「魚は?」
「まだ買わない」
「土曜日に買えばいいね」
「そうだな」
劉は冷蔵庫を開けた。
「前の魚、美味しかったって言ってたね」
「そうだったな」
「じゃあ、また同じのにする?」
「帰ってきてから決めればいい」
劉は少し笑った。
「そうだね」
夕方、周は庭に出た。
小さな実は、前よりはっきり色がついていた。
周は手を伸ばしかけたが、またやめた。
「まだだな」
誰に言うでもなく呟いた。
家の中から劉が、
「何が?」
と聞いた。
「いや、何でもない」
夜になって、張から電話が来た。
「周、悪いな」
「何が?」
「今日、店で息子と話したんだ」
「うん」
「俺、店を続けろって言おうとしてた」
「そうか」
「でも、あいつは別の仕事をやりたいらしい」
周は黙って聞いた。
「前なら、俺の店があるんだから継げって言ってたと思う」
「今は?」
「まだ何も言ってない」
張の声は、少し疲れていた。
「自分の体もどうなるか分からないしな」
「そうだな」
「店も、息子も、俺一人では決められないことが増えた」
周はしばらく考えた。
「決められないことは、決めないままでもいいんじゃないか」
電話の向こうで、張が笑った。
「お前、本当にそういうこと言うようになったな」
「そうか?」
「昔のお前なら、もっと色々言ってた」
「俺も変わったのかもしれないな」
「そうかもしれない」
二人とも、それ以上は話さなかった。
電話を切ったあと、周は窓の外を見た。
店を続けるのか。
閉めるのか。
息子がそこで働くのか。
別の仕事へ行くのか。
まだ何も決まっていない。
それでも、張の店には明日も朝が来る。
開くかもしれない。
開かないかもしれない。
息子も、自分の仕事へ行くかもしれない。
別の道を探すかもしれない。
そのことを決める時間は、それぞれに残っている。
周はカーテンを閉めた。
台所では、劉が食器を洗っている。
「お茶、飲む?」
「うん」
いつもの夜が始まった。




