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家にいる人  作者: 亀


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第一百一十六章 朝の出発

翌朝、天気は晴れていた。


周が起きると、居間にはもう息子がいた。


「早いな」


「六時には起きた」


「眠くないか?」


「少し眠い」


息子は笑った。


台所では劉が朝食を並べている。


「パンもあるよ」


「ご飯でいい」


「じゃあ、先に食べな」


三人で朝食を食べた。


昨日の夜より静かな食卓だった。


息子は時計を何度か見ている。


「何時の電車?」


「八時過ぎ」


「まだ時間あるな」


「駅まで歩くから」


「送ろうか?」


「大丈夫」


周はそれ以上言わなかった。


食事が終わると、息子は自分で食器を流しに持っていった。


劉が、


「置いといていいよ」


と言ったが、


「これくらいはやるよ」


と答えた。


洗い終わると、息子は自分の荷物をまとめた。


財布。


スマートフォン。


充電器。


仕事用の資料。


一つずつ確認している。


周は少し離れたところから見ていた。


昔なら、


「それ持ったか」


「忘れてないか」


と何度も聞いていただろう。


今は黙っていた。


息子がバッグを閉じた。


「たぶん大丈夫」


「たぶん?」


周が言うと、息子が笑った。


「自分で確認したから大丈夫」


「そうか」


玄関で靴を履く。


劉が小さな袋を渡した。


「果物、入れておいた」


「昨日もらったばかりだよ」


「職場で食べればいいでしょう」


「ありがとう」


息子は袋をバッグに入れた。


「じゃあ、行くね」


「気をつけて」


「うん」


玄関を出る。


周も外まで出た。


「駅まで送ろうか?」


「本当に大丈夫」


「そうか」


息子は少し歩いてから振り返った。


「父さん」


「何?」


「昨日、ありがとう」


「何が?」


「魚とか」


「そんなことか」


「それもあるけど」


息子は少し考えた。


「まあ、いろいろ」


周は何も聞かなかった。


「仕事、気をつけろよ」


「うん」


「無理しすぎるな」


「分かってる」


息子は手を上げて、そのまま歩いていった。


周は角を曲がるまで見送った。


家へ戻ると、劉が玄関を掃いていた。


「もう見えないね」


「うん」


「次はいつかな」


「分からない」


劉は箒を動かしながら、


「そうだね」


と言った。


午前中、周は庭へ出た。


昨日、息子と見た小さな実が、朝の光の中にあった。


少しだけ大きくなっている。


周は水をやろうとして、土を触った。


まだ湿っている。


そのままじょうろを置いた。


昼前、王がやってきた。


「息子さん、帰った?」


「朝帰った」


「早いね」


「仕事があるからな」


王は庭を見た。


「それ、何になるんだろうな」


「分からない」


「またそれか」


二人で笑った。


王はしばらく庭を眺めていた。


「うちの息子も、最近は朝早く出るようになった」


「仕事の時間が変わったって言ってたな」


「そう。最初は俺が心配してたけど、本人は前より楽だって」


「そうか」


「時間だけ見て心配してたんだな、俺」


周は王を見る。


「実際にやってみないと分からないこともある」


「そうだな」


王は庭から目を離した。


「俺も最近、分からないことが増えたよ」


「俺もだ」


「でも、前より楽だな」


周は少し笑った。


「全部分かろうとすると疲れるからな」


王も笑った。


昼食のあと、周は一人で市場へ行った。


魚売り場の前を通る。


昨日の魚の骨が、まだ頭に浮かんだ。


店員が声をかけてきた。


「昨日、買ってくれましたよね」


「そう」


「息子さん、帰ってきたんですか?」


「昨日の夜から今朝まで」


「短いですね」


「仕事があるからな」


店員は頷いた。


「また帰ってきたら、どうぞ」


「そうする」


周は野菜だけ買って帰った。


家に着くと、劉が洗濯物を取り込んでいた。


「魚屋さんに息子のこと聞かれた」


「そうなの?」


「帰ってきたかって」


「覚えてるんだね」


「たまに買ってるからな」


劉は洗濯物を畳みながら、


「帰ってきたことを覚えてくれてる人がいるのも、悪くないね」


と言った。


周は返事をしなかった。


午後、息子から短いメッセージが届いた。


「今、着いた」


周は、


「お疲れ」


と返した。


少しして、


「果物、職場で食べる」


と届いた。


「そうか」


それで終わった。


周はスマートフォンを机に置いた。


庭へ出る。


昨日まで三人でいた家が、今日はまた二人になっている。


けれど、昨日の時間がなくなったわけではない。


食卓の椅子も、洗った皿も、玄関に残った小さな足跡も、しばらくすれば元に戻る。


生活は、戻ることと変わることを繰り返している。


周は庭の実をもう一度見た。


まだ名前は分からない。


いつまでここにあるのかも分からない。


それでも、今日は昨日より少し大きくなっていた。


周は何もせず、そのまま家の中へ戻った。

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