第一百零一章 変わった順番
四月の終わりが近づいていた。
朝、周が庭へ出ると、名前の分からない植物には新しい葉がいくつか増えていた。
以前よりも葉の形がはっきりしている。
それでも、何の植物なのかは分からなかった。
周は水をやったあと、しばらくその場に立っていた。
「まだ見てるの?」
玄関から劉が言った。
「葉が増えた」
「毎日見てるから分かるんだね」
「昨日より増えてる」
「よく見てるね」
周は笑った。
午前中、近所の王がやってきた。
手には小さな紙袋を持っている。
「これ、うちの畑で採れたやつ」
「何だ?」
「豆」
周は袋を受け取った。
「ありがとう」
「大したものじゃないよ」
二人で門のところに立って話していると、王のスマートフォンが鳴った。
王は画面を見て、
「息子だ」
と言った。
そのまま少し離れて電話に出た。
周は聞こうとはしなかった。
数分後、王が戻ってきた。
「仕事の時間が変わったらしい」
「そうか」
「前より朝が早くなる」
「大変だな」
「本人は大丈夫だって」
王はそう言ったあと、少し考えた。
「俺は、朝が早くなるなら大変だと思うんだけどな」
「本人が大丈夫なら、しばらくやってみればいいんじゃないか」
「そうだな」
王はうなずいた。
「昔なら、俺なら絶対やめろって言ってた」
「今は言わないのか?」
「言っても、たぶん聞かないからな」
周は笑った。
「それだけか?」
王も笑った。
「それもある」
しばらくして、王は帰っていった。
昼前、周は市場へ出た。
魚売り場の前を通ったとき、店員が声を掛けてきた。
「この前、息子さん帰ってきたんでしょう?」
「うん」
「また来るの?」
「仕事次第だろうな」
「魚、買っていかない?」
周は魚を見た。
「今日はいい」
「そう?」
「帰ってくる日が決まったら買うよ」
店員は笑った。
「じゃあ、そのときに」
周は野菜だけ買った。
家に戻ると、劉が洗濯物を取り込んでいた。
「魚、買ってこなかったの?」
「まだ帰ってくる日が決まってないから」
「またそれ?」
「何が?」
「最近、そればっかり」
周は買ってきた野菜を台所へ置いた。
「決まってないものを先に決めても仕方ないだろ」
劉は少し笑った。
「そうだけどね」
午後、劉の姉から電話があった。
しばらく話したあと、劉は電話を切った。
「姉さん、また来るって」
「いつ?」
「まだ決まってないって」
周は笑った。
「それなら、まだ分からないな」
「そうだね」
劉はそう言いながら、冷蔵庫の中を確認した。
「でも、来るなら何か用意しないと」
「来ると決まってからでいいだろ」
「それもそうか」
二人とも笑った。
夕方、周は庭の支柱を確認した。
風が強かったせいか、少し傾いている。
周は土を押さえ直した。
そこへ、隣の家の若い男が通りかかった。
「こんにちは」
「こんにちは」
「この前の水道管、ありがとうございました」
「もう大丈夫か?」
「はい」
男は少し立ち止まった。
「父が、周さんの話をしてました」
「俺の?」
「はい。仕事を変えるかどうか、周さんに話したって」
周は何も言わなかった。
「父、まだ決めてないみたいです」
「そうか」
「でも、前より機嫌がいいんです」
「それならいいじゃないか」
男は少し笑った。
「僕は、早く決めたほうがいいと思ってたんですけどね」
「本人が決めるまで待てばいいんじゃないか」
「そうですね」
男は少し考えてから、
「僕も、父にあまり急かされるのが嫌だったので」
と言った。
周はその言葉を聞いて、少しだけ黙った。
「自分が嫌だったことって、他の人にも同じようにしてしまうことがあるからな」
男はうなずいた。
「そうですね」
それ以上、二人は話さなかった。
男は自分の家へ戻っていった。
夜になり、周と劉は夕飯を食べた。
食後、劉が言った。
「今日、隣の人が来たんだって?」
「うん」
「何の話?」
「仕事の話」
「また仕事?」
「そうだな」
劉は少し笑った。
「この辺、仕事の話ばかりだね」
「みんな生活があるからな」
テレビからニュースの音が聞こえていた。
二人とも、しばらく画面を見ていた。
やがて劉が言った。
「あなた、昔より待つようになったね」
周は少し考えた。
「そうかもしれない」
「前は、すぐ答えを出そうとしてた」
「今でもそういうところはあるよ」
「そう?」
「ある」
周は笑った。
「ただ、自分が答えを出せることと、他人の答えを出せることは違うからな」
劉は何も言わなかった。
しばらくして、周のスマートフォンが鳴った。
息子からだった。
「来月の仕事、少し予定が変わった」
周はメッセージを読んだ。
「分かった」
それだけ返した。
少しして、もう一通届いた。
「また帰れる日が決まったら連絡する」
周は画面を見た。
「うん」
それだけ返した。
劉が横から聞いた。
「息子?」
「うん」
「帰ってくるって?」
「まだ分からない」
劉は少し笑った。
「また『まだ分からない』なんだ」
「そうだな」
二人はそれ以上話さなかった。
その夜、周は庭へ出た。
暗くて植物の形はよく見えない。
それでも、葉が風に揺れているのは分かった。
周は手を伸ばして、支柱がまだしっかり立っていることを確かめた。
それから家へ戻った。
決まったことは、決まったときに考えればいい。
決まっていないことは、決まるまで待てばいい。
以前は、それが簡単なことではなかった。
今も、ときどき待てなくなる。
それでも、待つ時間があることを、周は少しずつ覚えていた。




