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【ネトコン12入賞】アキツ年代記 〜幻想世界と近代戦争〜【書籍化】  作者: 扶桑かつみ
第四部「極東戦争編(3)」

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183 「後方での休暇」

「おはようございます。早いですね」


 少し離れた場所から、甲斐のいつもの声。

 すぐに意識がはっきりしてくるのは任務中と同じだと、鞍馬は自分を納得させる。


 だが少しばかり納得したくない状況だった。


「休暇中なのに起床時刻前に目が覚めるって、我ながら業の深さを感じるわね」


「前線を離れたと言っても、官舎じゃあありませんからね」


 今日は5日間もらった休暇の2日目。春浜で一番高級な西方風旅館の一室。調度も整った落ち着いた部屋で、二人用の大きな寝台は柔らかく暖かい敷布(しきふ)に分厚い羽毛の布団。

 部屋も暖房が心地よく効いている。

 前線では給与の使い道があまりないので、かなり奮発しただけの事はあった。


 また将校は自弁が基本だが、この休暇では軍が面倒を見てくれるので、下級将校の蛭子達はそちらの宿を使っているので、二人が泊まった旅館に他の者はいない。

 年長組は無駄遣いはしないし、朧は食費でお金が消えてこんな高級宿には泊まれない。


 若い独身将校の大半は、色町に繰り出してそこで一夜を過ごしている。女性将校は色町とはいかないが、春浜には娯楽施設が随分と増えたのでそちらを堪能する。

 特に立派な公衆浴場が人気だ。

 昨夜は甲斐と鞍馬も、部下達と広くて快適な風呂を楽しんだ。


「んーっ。二度寝するって気にもなれないわね」


 風呂と同じ姿で鞍馬は寝床から起き上がった。



「休暇中よ。世の中の事は忘れたら?」


「んー。まあ、これくらいは……」


 旅館の食堂での朝食後、二人は隣の談話室でお茶を楽しむ。もっとも甲斐は、時折お茶に口をつけつつも部屋にあった複数の新聞を順に目を通していた。

 そんな姿を鞍馬は半目がちに見る。そして強い視線だったので、それに甲斐が気づいた。


「この街、意外に繁華街は狭いので、街に出ても部下に出会しますよ。色街以外に遊べる場所も少ないし、慰問の劇団やらも前線でここにはいないのは確認済み。秋とも冬とも言えない季節なので、景色を楽しむのもいまひとつ。食べて飲んで寝て、のんびり過ごすのが一番だと思うんですけどね」


「そんな、作戦説明みたいな言葉は聞きたくない。それに今日を入れて4日あるのよ。ずっと宿の中とか、逆に息が詰まるわ」


「それも一理ありますね。じゃあ、部下の目は無視して、見て周りますか? 駅と集積所を避ければ人も少なそうですし」


「そうね。兵隊は殆どが前線で、春浜は輸送に関する後方部隊くらい。でも、休暇があるんだったら、私服の一着でも持ち込むんだった」


 軽くため息をつく鞍馬に、甲斐は新聞の広告欄を指差す。そこには百貨店や服屋が広告を出していた。


「それなら、近くを覗くか市場にでも出向いて買いますか?」


「そこまでしなくていいわ。無駄遣いだし……貸衣装屋でもあれば考えましょう」


「了解です。それじゃあ繁華街まで出て、昼ごはんの店を物色しつつ貸衣装屋を探しましょう」


 そう言って甲斐は、手にしていた新聞を大きく音を立てて畳んだ。



 そうして冬用の外套の軍服姿で、二人は街に繰り出した。

 泊まっている旅館は駅前の表通りにある立派な建物なので、周囲は上品な区画だった。

 市場は庶民が住む区画の辺りなので、少し歩く必要がある。

 だからまずは旅館の周りを軽く歩いてみた。


 朝も既にかなり経っていたので軍人の姿は少なく、また商店が開く時間までもう少しあるので、駅前の大通りにしては人通りは少なめだ。

 それでも二人と似たような一時休暇の軍人の姿がちらほらと見受けられる。ただし高級将校は甲斐と鞍馬の二人だけだ。


 街中で敬礼は不要とされていたので互いに挨拶などしないが、時折階級章と顔を見比べられる。

 天狗の鞍馬は女性の高級将校という事で、甲斐は見た目に比べて階級が高いからだ。

 しかし二人は今更そうした状況は気にならないので、街を散策する。

 だがいざ貸衣装屋を見つけて気付かされた。


「服を借りるのは良いとして、軍服を預けるわけにはいきませんよね」


「装具や手帳とかは特にね。でも、軍服姿でも特に気にされていないし、このままでいきましょう。この辺りの民族衣装は少し気になるのだけど」


「いつか、普通の旅行で来られれば良いですね」


「軍人でもないと、本国からこんなに離れた場所に旅行で来るのは費用と時間を考えると、気軽には来られないわね。前線から汽車で半日で来たけど、竜都から3日の場所よ」


「そうやって日数とかで言われると、随分遠いですよね」


「昔と比べたら考えられないほど早く来られるようになったとはいえ、気軽に来るにはもっと技術が進歩してからかもしれないわね」


「そうですね。でも半世紀でここまで進歩したんですから、もう半世紀もすれば1日とかからず来られるようになりますよ」


「そうね。私たちには時間があるから、気長に待ちましょう。でも今私たちはこの街にいるんだから、半世紀先じゃなくて、今楽しみましょう」


「了解です、先輩」



 そうして駅前から市街地の市場へ。

 露天もかなり出ているらしく、良い匂いも漂ってくる。その匂いに「昼は屋台でも良いかも」と甲斐が思っていると、鞍馬が軽く引っ張る。

 そして指差した先の露天に見慣れた人影。

 両手に串や皿を持ち、ちょうど口にも串を突っ込んでいた。


「相変わらずの食欲だな、朧は」


 その言葉に反応したのか、少し離れていた朧だったが串を持った手をあげて挨拶を送ってきた。

 それに軽く手をあげて返し、そのままその場を後にする。

 せっかくの軍務の合間の休暇を上官と過ごそうという者はいない。


(まあ、僕は貴重な二人の時間を邪魔するほど無粋じゃないからねえ)


 遠ざかる二人を見つつ、朧は次の料理の攻略を開始した。


 もっとも甲斐と鞍馬が市場で出会したのは、朧だけではなかった。

 誰も考える事は似通っていたというだけなのだが、第1大隊の面々と度々出会した。


「やっぱり二人一緒なんですね。羨ましいなあ」


 そう言ったのは、何人か気心の知れた部下を連れた不知火。

 自らを若手の代表というだけあってか、部下の面倒見がいい。


「そんな事言って、お前らは色街だったんだろ」


「そりゃあ、命の洗濯をしてこいとの事ですからね。軍人が減ったから、料金も下がって良い娘も万々歳でしたよ。この休暇中、夜はずっと入り浸る作戦計画なので、何かあれば色街に使いを出して下さい」


「何かあれば『念話』で呼び出すわよ。まあ、ほどほどにね」


「そういう事だ。まあ、問題だけ起こさないでくれ。休暇中に始末書に判を押したくはない」


「りょーかいです、大隊長殿。大隊副長殿」



 それで一団とは別れたが、すぐにも次に出会う。


「磐城と嵐の組み合わせとは、珍しいな」


「そうでもありませんよ。昔の戦話に花が咲きました」


「まあそれは結果論で、部下たちも今くらい上官の顔は見たくなかろうと、仕方なくです」


「私たちと同じね。私たちの泊まっている宿なら、大隊の面々どころか他の高級将校もいないから、のんびりできるわよ」


 そんな鞍馬の社交辞令に、年長の男二人は顔を見合わせて、どっちが話すかと視線を交わす。

 口を開いたのは磐城だった。


「自分ら所帯持ちには、あの宿は少し高いんですよ。というのは表向きで、お二人のお邪魔をしない為という事にして下さい」


「そういうわけですので、邪魔者は姿を消します」


 二人は軽い笑みと共に、そう言うと歩き去っていった。

 甲斐と鞍馬は素直に見送り、昼食先の物色に戻る。

 ただ、鞍馬が興味を持った店は、結果的に断念した。

 天草が、彼女を慕う女性将校数名と、少し早い昼食をしていたからだ。


「これは大隊長、大隊副長。お二人もお昼ですか?」


「ええ。ここは美味しい?」


「はい。申し分ありませんわ。ただ、見ての通りの場所ですので、食事されるなら奥の方の席をお勧めしますわ。何度か、大隊の者が通るのを見ましたもの」


「そうか。僕らは構わないが、気を使わせたくはないな」


「そうね。ありがとう、天草」


「とんでもありません。あ、少し奥まった場所、この先に良さそうなお店がありましたわ。雰囲気も、相引きにはよろしいかと」


 そんな天草の言葉に愛想笑いを返し、勧められた方角へと向かう。


「確かに、雰囲気が良さそうね」


「それに匂いも。流石は天草、目の付け所が良い」


「じゃあ、決まりね」


 二人は視線を交わし、店内へ入っていった。

 休暇中はこのように、昼間は街で過ごした。

 時には公衆浴場にも出かけ、既に薄い雪化粧の緑地公園へ赴き、軍が呼んでいた演劇を観て過ごした。

 念の為、急の呼び出しや連絡には備えていたが、冬を前にした戦線が動く事はなかった。

 何しろ両軍は、1ヶ月前に戦い、さらに移動し、そして移動して陣地を作りつつ、極寒の地での冬営の準備をしていた。

 とてもではないが、戦闘を仕掛けたりする余裕などなかった。


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