21_9話 領主の決断
港町へ戻った頃には、日が西に傾いていた。
領主の館へ向かいながら、遼は報告の順番を考えていた。魔法生物の問題はひとまず解決したし、通信施設も見つかった。しかも、思いがけないお土産まである。
「しかし、本当に今日報告するのか?」
宗一が隣から尋ねた。
「ええ。せっかく早く帰ってこられましたし」
「領主様だって、まさか一日で帰ってくるとは思ってねえだろうよ」
「でも、結果が分かったなら早い方がいいでしょう?」
「まあ、そりゃそうだがな」
宗一は何か言いたそうだったが、結局それ以上は口にしなかった。
遼としては、今回の調査はなかなかの成果だったと思っている。魔法生物への対処もできたし、遺跡の状態も予想以上によかった。通信機器まで持ち帰れたのだから、正隆も喜んでくれるだろう。
◇
館に到着し、調査を終えたと伝えると、出迎えた役人が目を丸くした。
「もうお戻りになったのですか?」
「はい。調査も終わりましたので、報告に来ました」
「しょ、少々お待ちください!」
役人は慌ただしく奥へ消えていった。
しばらくして案内された広間では、使用人たちが椅子を運び、机を整えていた。廊下には足音が響き、家臣らしい男たちが次々と入ってくる。どうやら急いで集められたらしい。
やがて正隆が姿を見せ、領内の軍事や財政を預かる重臣たちも顔を揃えた。
「やあ、リョウ君。無事で何よりだよ。それにしても、ずいぶん早かったね」
「おかげさまで。皆さんが護衛してくれたので助かりました」
「そうか。それはよかった」
正隆は穏やかに笑った。
正直なところ、こんなに早く報告を受けるとは思っていなかった。何十年も手を出せずにいた山だ。調査に数日かかるか、途中で撤退することも想定していた。それが出発した日のうちに帰ってきたという。
何か手がかりでも見つかったのだろうか。
「それでは、さっそく話を聞かせてもらおうかな」
「はい。まず、例の魔法生物なんですけど」
遼は少し考えてから続けた。
「五体とも、俺の指示に従ってくれるようになりました」
広間が静まり返った。
「……すまない。もう一度言ってもらえるかな?」
「はい。最初は襲われそうになって危なかったんですけど、ちゃんと手続きをしたら指示に従うようになりました」
「手続き?」
「ええ。あの魔法生物は遺跡の警備をしていたみたいで。俺が点検に来たことを伝えたら、通してくれました」
正隆は笑顔を保ったまま、頭の中で話を整理しようとした。
近づく者を容赦なく襲い、領兵にも死傷者を出してきた魔法生物。それが手続きをしたら通してくれた?いったい何の手続きだというのか。
「それでですね。どうも長いこと整備されてなかったみたいで、あちこち調子が悪かったんですよ」
「ほう?」
「なので、簡単に手入れしておきました。本格的な修理は、工具が足りなくてできませんでしたけど」
待ってほしい。今、魔法生物を修理したと言ったのか?
これまでも手に負えなかった魔法生物が、さらに手強くなったということではないのか。
「そうしたら、遺跡の入口まで案内してくれまして。ああ、でも、俺以外の人にも同じように接するかは分かりません。危ないので、しばらく山には人を入れないでもらえると助かります」
「そうだね。それは必要だろう」
正隆はどうにか頷いた。家臣たちも顔を見合わせ、武官たちは険しい顔で遼を見つめている。当の本人は、その反応にまるで気づいていなかった。
「それで、山の上には何があったんだい?」
「ああ、それなんですけど。旧世界の通信に使われていた遺跡でした」
「通信?」
「遠くの人と連絡を取るための遺跡です。地下に魔法具が残っていて、一部は生きてました。全部使えるかは分かりませんけど、直せば動くものもありそうです」
正隆は少し安心した。ようやく普通の調査報告になったようだ。建物が残り、何かの魔法具が使えそうだという話なら理解できる。
「それと、お土産を持ってきたんですよ」
「お土産?」
「はい。きっと役に立つと思います」
遼が合図すると、六助が背負っていた大きな通信機を机に置いた。遼も鞄から小型のものを二台取り出す。
「これは通信機といって、離れた人と話ができる魔法具です。ちょっと試してみましょうか」
宗一に一台を渡して廊下へ出てもらい、手元の通信機のハンドルを回してボタンを押す。
「宗一さん、聞こえますか?」
『ああ、聞こえてるぞ。そっちはどうだ?』
箱から聞こえた声に、家臣たちが一斉に身を乗り出した。
「今のは宗一の声か!?」
「はい。こんなふうに、離れた場所でも話ができるんですよ」
宗一が戻ってくると、正隆が身を乗り出した。
「リョウ君。これは、どれほど離れた場所まで使えるのかな?」
「性能や周りの地形にもよりますけど、山の遺跡が使えれば、もっと遠くまで届きますよ。うまくいけば、領地のかなり広い範囲で使えるかもしれません」
「それは、本当かい?」
「ええ。ただ、遺跡の魔法具がどこまで使えるか、まだ調べきれてないんです。ちゃんと試験しないと何とも言えませんけどね」
正隆の背中に再び冷たい汗が流れた。
遠方の砦から敵の侵入を知らせるのに、馬を走らせる必要がない。離れた部隊へ即座に命令を伝え、互いの動きを合わせることさえできる。交易にも使えるだろう。
軍も商いも、常識が変わる。
「いやあ、これは便利ですよ。持ち運びもできますし、太陽の光で充電できるものもありました」
遼は満面の笑みで説明している。
便利。ただ便利だと。
正隆は天井を仰ぎたくなった。この男は、どこまで分かっているのだろう。通信の用途を理解していないわけではあるまい。それなのに、どうしてこんなに楽しそうなのか。
「なるほど。素晴らしいものを見つけてくれたね」
「喜んでもらえてよかったです」
その笑顔を見て、正隆はますます分からなくなった。
◇
「リョウ君。少し休憩してもらってもいいかな?」
報告を聞き終えた正隆が切り出した。
「報酬のことを相談したくてね。申し訳ないんだが、別室で茶でも飲んで待っていてくれないかな」
「はい。分かりました」
遼たち五人が退室すると、正隆は深く息を吐いた。
「さて、どうしたものかな」
家臣たちが一斉に口を開いた。魔法生物を従えたこと、通信機器の価値、遺跡の管理をどうするか。話は尽きない。
「落ち着いてくれ。まずはあの遺跡だ」
軍務を預かる家臣が口を開いた。
「当然、兵を送り込み、我々の管理下に置くべきかと」
「だが、魔法生物がいる。兵を送ってどうする?」
「柏木遼に命じて従わせればよいのでは?」
「本当に、それができると思うかい?」
家臣は口を閉じた。
「我々にはあの魔法生物を止める方法すら分からない。遺跡を扱えるのも今のところリョウ君だけだ。そこで、彼に管理を任せようと思う」
「遺跡そのものを、ですか?」
「ああ。周辺の土地も貸し出す。修理に必要な資材や人手も用意しよう」
「それでは、実質的に土地を与えるようなものですぞ」
「そうだ。それでも十分に見合うと思っているよ」
正隆は家臣たちを見渡した。
「あれほどの魔法技師がほかにいると思うかい? 魔法生物を従わせ、遺跡を開き、未知の魔法具を持ち帰った。それをあんな涼しい顔で報告する男だ。私にも、どれほどの知識を持っているのか見当がつかない」
軍務を預かる家臣が険しい顔で言った。
「他領に知られれば、引き抜こうとするでしょう」
「それだけではない。五体の魔法生物に、通信の魔法具だ。ほかの遺物まで操れるとしたら、彼がその気になれば水都を制圧することさえ難しくないかもしれない」
誰も答えなかった。
「だが、排除するには惜しすぎる。それに、彼は自分の能力がどれほど異常か、あまり分かっていないようだ。悪人でもない。ならば、望む環境を与え、ここにいてもらう方がいい」
「正式に召し抱えるのですか?」
「仕事を縛るのはやめておこう。給金と、町で商売を続けられる仕事場も用意する。あの遺跡にいてもらえれば、外部に情報が漏れるのも抑えやすい」
反対する者はいなかった。
◇
呼び戻された遼は、提案を聞いて目を丸くした。
「えっ、あの遺跡を俺が使ってもいいんですか?」
「ああ。管理を任せたいんだ。必要な人手や資材はこちらで用意する。生活費や給金も支給するし、町での修理の仕事も自由に続けてくれて構わないよ」
「いや、そこまでしてもらうのは、さすがに申し訳ないですよ」
「遠慮はいらないよ。我々には管理できない遺跡だからね。君に引き受けてもらえると助かるんだ」
「本当ですか! ありがとうございます! あそこには使えそうな道具がたくさんあったんですよ。ちゃんと整備すれば、いい仕事場になると思うんです!」
正隆は笑顔で頷いた。
やはり、そこなのか。領地の命運を左右する遺跡を任されて、真っ先に喜んでいるのは広い仕事場と古い工具だった。
もう驚くまい。正隆は心に決めた。
◇
遼が礼を言って退室したあと、宗一たち四人は残された。
正隆が現地での出来事を改めて尋ねると、宗一は魔法生物に囲まれたところから順に話した。遼が何かを告げると武器を収め、今度は修理を求めるように集まってきたという。
「正直、俺たちも何が何だか。リョウが並べと言ったら、あいつら、本当に並んだんです」
「……並んだのかい?」
「ええ。五体とも、きれいに」
正隆は額に手を当てた。恐ろしい魔法生物が、修理の順番待ちとは。
その後も遺跡内部での遼の様子を聞き、正隆は四人に追加の報酬を約束したうえで、今回の調査について口外しないよう求めた。
四人が退出し、重臣たちだけになると、正隆はすぐに命じた。
「山は封鎖する。魔法生物の危険を理由に、一般人の立ち入りを禁じろ。警備は山の外に置き、遺跡には近づけないように。通信機のことも、知る者は最小限に留める」
家臣たちが頷く。
「それから、リョウへの配慮も頼む。必要なものはできるだけ用意する。ただし、余計な干渉はしない。彼がここで暮らしたいと思えるようにしてほしい」
正隆は机の上の通信機を眺めた。先代から受け継いだ旧文明の武器は、いずれ尽きる。その不安を抱えてきた領地に、思いがけない可能性が転がり込んできた。
「まったく、とんでもない男を見つけてしまったものだ」
ありがたいことには違いない。だが、あの青年と付き合っていくには、これからも苦労が絶えそうになかった。




