22_10話 新しい日常
雲ひとつない青空を、一機の白いドローンが飛んでいた。
四つの回転翼を軽快に回し、山の上から港町へと向かっている。秋の澄んだ日差しを浴びた白い機体は、青空によく映えていた。
「あっ! 魔法使いの使い魔だ!」
道端で遊んでいた子供が声を上げた。
「おーい!」
子供たちは歓声を上げながらドローンを追いかけ、空に向かって大きく手を振った。
道行く大人たちも、つられて空を見上げる。
「ああ、またリョウの使い魔か」
「今日はどこに行くんだろうな」
初めて見た旅の商人だけが、口を開けて空を見上げていた。
遼がこの町にやって来てから、数か月が過ぎていた。
今では空を飛ぶ白い使い魔も、町の人々にとって、それほど珍しい存在ではなくなっている。
ドローンは市場の上を横切ると、古物商の平助の店先でゆっくりと高度を下げた。
「おう、来たか」
羽音を聞きつけた平助が、店の奥から姿を現した。
ドローンが店先に着陸すると、機体から聞き慣れた声が流れる。
『平助さん、預かってたものの修理が終わりました。ドローンの足に固定してあるので、回収お願いします』
「はいよ。ご苦労さん」
平助はしゃがみ込み、機体の下に固定された包みを取り外した。
「まったく。たまには自分で持ってくりゃいいものを」
そうぼやきながらも、包みを開いて中身を確かめ、満足そうにうなずく。
「相変わらず、妙なもんを使いやがる」
そこへ、通りがかった新吉が顔を出した。
「おう、また来たのか。便利なもんだな」
「便利なのは確かだがな。あいつ、最近ますます山から下りてこなくなったぞ」
「そりゃ、あれだけの仕事場を手に入れたんだ。放っといたら一日中でも籠もってるだろうさ」
「違いねえ」
二人が笑っている間に、ドローンは再び浮かび上がった。
子供たちに見送られながら、白い機体は青空へと舞い戻っていく。
今では平助の店にも、新吉の金物屋にも、遼への修理依頼が次々と持ち込まれていた。町の人々だけでなく、遠方の商人や領主の使いが訪ねてくることもある。
かつて宿の裏小屋で細々と始めた修理仕事は、いつの間にか町に欠かせないものとなっていた。
その頃、山の上の旧通信基地では、遼が作業台に向かっていた。
かつて埃と瓦礫に埋もれていた施設は、数か月の間にすっかり様変わりしていた。
広々とした作業場には、大小さまざまな工具が並び、壁際の棚には部品が種類ごとに整理されている。作業台には分解途中の機械が置かれ、その隣では修理を終えた小型モーターが静かに回っていた。
新吉に作ってもらった棚も、平助から譲り受けた古い工具箱も、今ではすっかり馴染んでいる。
「よし。これで大丈夫かな」
遼は手元の部品を組み直し、動作を確かめた。
滑らかに動くのを確認すると、満足そうにうなずく。
「うん、いい感じ」
工具を置いて背筋を伸ばすと、自然と窓の外に目が向いた。
山の斜面を覆う木々の向こうに、港町が広がっていた。
赤茶色の屋根が陽光を受けて輝き、家々の間を縫うように細い道が続いている。港には白い帆を張った船が並び、その先には穏やかな青い海が広がっていた。
さらに遠くには、水面から突き出した旧世界のビル群が見える。
灰色の建物を覆う緑と、陽光にきらめく海の青。崩れた高架道路の向こうを白い海鳥が飛んでいく。
何度見ても、美しい景色だった。
初めてあの水没都市を目にしたとき、遼は涙を流した。
自分の知っていた世界が失われたことを、嫌というほど思い知らされたからだ。
今でも、あの頃のことを思い出すことはある。
けれど、不思議と最近は、窓の向こうの町を眺めるのが楽しみになっていた。
あの町には、平助や新吉がいる。宗一たちも、ときどき顔を見せに来てくれる。有馬正隆からは、驚くほど自由に仕事をさせてもらっている。
暮らしに困ることもなく、必要な道具も少しずつ揃ってきた。
何より、ここには自分の好きな機械が山ほどある。
「いやあ、贅沢だよなあ」
遼は誰にともなくつぶやき、椅子に深く腰掛けた。
静かな作業場。使い慣れた工具。目の前には、まだ手をつけていない遺物がいくつも並んでいる。
誰にも急かされず、好きなだけ機械をいじっていられる。分からないことがあれば調べ、壊れていれば直す。うまく動いたときには、思わず笑ってしまう。
昔から、そんな時間が好きだった。
窓の外から、かすかに羽音が近づいてきた。
「あ、帰ってきた」
白いドローンが窓の向こうを横切り、着陸場所へと降りていく。
遼はそれを見届けると、再び作業台に向き直った。
「さて、次は何を直そうかな」
目の前に並んだ機械を眺めながら、楽しそうに工具を手に取る。
窓から差し込む柔らかな日差しが、作業台を明るく照らしていた。
遠くには美しい町と海が広がり、部屋には馴染みのある機械の音が響いている。
失ったものは、もう戻らない。
それでも、この世界で出会った人たちがいて、自分の居場所がある。
そして何より、明日もまた、好きな仕事ができる。
遼は鼻歌を口ずさみながら、目の前の機械に手を伸ばした。
新しい世界での暮らしは、思っていたよりもずっと悪くなかった。
第2章 完
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
本作は、今回の更新をもって一旦完結とさせていただきます。
3章ができましたら、連載を再開する予定です。
その際には、またお付き合いいただけますと幸いです。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。




