20_8話 忘れられた通信施設
宗一たちの困惑をよそに、遼は目の前に並んだ五体の警備ロボットを眺めていた。
「さて、どこから見ようかな」
先ほどから脚を持ち上げている一体に近づき、関節を覗き込む。泥や枯れ葉が詰まり、金属の表面には細かな傷がついていた。
「うわ、こりゃひどい。よくこれで動いてたな」
遼は工具で泥をかき出し、布で汚れを拭き取った。簡単な調整をしてから動作確認を指示すると、脚が先ほどより滑らかに動いた。
『駆動系異常、一部改善を確認』
「よし。まあ、応急処置だけどね」
ほかの四体も順に確認し、センサーの清掃や絡まった植物の除去を済ませた。本格的な整備には工具も部品も足りない。何より、埃や土の多い屋外では作業がしにくかった。
「続きはまた今度だな」
『整備継続を要請します』
「分かってるって。それより、俺は施設の点検と整備に来たんだ。入口まで案内してもらえるかな?」
『案内要求を受領。正規保全要員を誘導します』
先頭の一体が向きを変え、山頂へ歩き始めた。
「お、ありがとう。助かるよ」
二体が先行し、三体が一行の後ろにつく。整備を受けたロボットたちは、時折青白いセンサーを遼に向け、軽い電子音を鳴らしていた。どことなく機嫌がよさそうに見える。
そんな光景を、宗一たちは複雑な表情で眺めていた。
「俺たち、いる意味あんのか?」
颯太がぼそりとつぶやいた。
「護衛の仕事はまだ終わってねえぞ」
宗一がそう返す。
「そうだけどよ。今はあの魔法生物に守られてるみたいじゃねえか」
「確かになあ」
六助も同意する。四人はなんとなく肩身の狭い思いをしながら、遼の後ろについていった。
当の本人はロボットの横で楽しそうに話しかけている。
「そういえば、君たちは普段どこで充電してるんだ?」
『指定充電設備を使用しています』
「へえ、まだ充電設備も生きてるのか。すごいなあ」
機械の返答は宗一たちには理解できなかったが、遼が魔法生物と会話していることだけは分かった。
「……あいつ、マジで何者なんだ?」
颯太の問いに、誰も答えられなかった。
◇
しばらく進むと、通信塔の立つ山頂近くへ出た。古いフェンスや金属製の支柱が木々の間に残っている。
先頭のロボットは塔へ向かわず、山の斜面へと進んだ。
「ん? そっちなのか?」
後を追うと、岩と木々に隠れるように巨大な金属製の扉があった。幅は三メートルほど。苔や蔦に覆われ、下部には土が積もっている。
「なるほど。地下施設だったのか」
地上には通信塔だけを出し、施設の本体を山の中に収めているらしい。軍の重要施設なら、攻撃を避けるために地下化されていても不思議ではない。
「ここが入口か?」
「そうみたいです。ちょっと待ってくださいね」
遼が扉に近づくと、脇の認証装置に青白い光が点いた。
『入場認証を開始します』
胸元の隊員章を見せ、所属と識別番号を告げる。
『認証完了。正規保全要員の入場を許可します』
低い駆動音が響いた。ところが、扉が動き出す前に警告音が鳴る。
『未登録者四名を検知。入場を許可できません』
「おい、俺たちは入れねえのか?」
遼は認証装置に向き直った。
「同行者四名を、保全作業中の護衛として登録してください」
『登録完了。同行者四名の一時入場を許可します』
「これで大丈夫ですよ」
「……あっさり入れるんだな」
「正規の手続きを踏めば、こんなものですよ」
「なんでお前がその手続きを知ってるんだ、ってのは聞かない方がいいのか?」
「うーん、内緒ですね」
遼が苦笑いでごまかしていると、分厚い扉がゆっくり開き始めた。長く使われていなかったとは思えないほど滑らかな動きだ。
向こうには薄暗い通路が続いていた。床に埃は積もっているが、壁や天井に大きな損傷は見当たらない。
「すごいな。まだこんな状態で残ってるのか」
「リョウ、本当に入って大丈夫なんだろうな?」
宗一が慎重に奥を覗く。
「大丈夫だとは思いますが、不用意に物に触らないでくださいね」
「それはこっちの台詞だ」
宗一は仲間たちに目配せした。颯太が先を確かめ、六助と千代が遼の後ろにつく。一行は長く閉ざされていた地下施設へ足を踏み入れた。
◇
通路にはいくつもの扉が並び、天井の照明がまばらに点いていた。歩くたび、床の埃に五人分の足跡が残る。
壁の表示には管理室、通信設備室、電源設備室とある。配置こそ違うが、遼が知る軍用施設と基本的な造りは同じだった。やはり、ここは軍の通信基地で間違いないようだ。
一行は慎重に進み、管理室の扉を開けた。
中には大きな机と、壁一面の表示装置があった。画面のほとんどは暗いが、奥の制御盤で小さな緑色の光が点滅している。
「おい、あれ光ってるぞ。大丈夫なのか?」
颯太が不安そうに身を引いた。
「急に何か襲ってきたりしねえだろうな」
「ちょっと確認しますね」
遼は気にする様子もなく制御盤に近づき、表示を操作し始めた。
「おい、触って大丈夫なのかよ!」
「変なところは触ってませんから、大丈夫ですよ」
多くの設備は停止していたが、警備システムや一部の監視装置は待機状態にある。小さな画面には、主電源停止、補助電源一部稼働と表示されていた。
「へえ、こいつは驚いたな」
警備ロボットが動いている以上、何らかの電源が残っているとは予想していた。それでも、実際に電力の供給を確認できたのは大きな発見だった。
山中に発電設備があるのか、別の施設から送られているのか。供給元までは分からないが、何らかの仕組みが今も働いているらしい。
「何か分かったのか?」
「ええ。ここの設備、全部が壊れてるわけじゃないみたいです」
「そりゃ、あの魔法生物が動いてるくらいだからな」
「そうですね。それに建物も、思ったより状態がいいです」
遼は室内を見回した。傷んだ箇所はあるものの、建物の構造はしっかりしている。電力まで残っているなら、適切に整備することで設備の一部を再利用できるかもしれない。
もっとも、電源の調査や部品の交換は必要だ。長く放置された装置を不用意に動かすわけにもいかない。それでも、この施設には十分な利用価値があると遼は感じていた。
「リョウ?」
「あ、すみません。ちょっと考え事をしてました」
「楽しそうだな、お前」
「こういう施設、久しぶりに見たものですから」
「久しぶり、ねえ……」
宗一は何か言いたそうにしていたが、それ以上は尋ねなかった。
◇
管理室を出ると、通信設備室と電源設備室を覗いた。どちらにも大型の装置が並んでいたが、大半は停止していた。詳しく調べるには時間も資料も足りず、外観を確認するだけにとどめる。
次の扉に書かれた文字を見て、遼は足を止めた。
「おっ、整備室だ」
中には広い作業台が並び、壁際には工具棚と部品棚が整然と設けられていた。埃をかぶってはいるが、引き出しの中には使えそうな工具も残っている。
「おお、すごい! いいなあ、ここ」
「そんなにいいものなのか?」
六助が棚を覗き込む。
「ええ。今の仕事場なんて作業台を一つ置いたらいっぱいですから。ここなら大きなものも修理できそうです」
宗一たちには古びた道具の並ぶ部屋にしか見えないが、遼にとっては宝の山だった。
埃を払って設備を整えれば、仕事場として十分に使えそうだ。遼は作業台に工具を広げる自分の姿を想像し、思わず頬を緩ませた。
しかし、ここは領主から調査を依頼された場所だ。勝手に使うわけにはいかない。遼は名残惜しさを振り払うように首を振った。
「リョウ、そろそろ次へ行かないか?」
「あ、はい! すみません」
「まったく、お前は道具を見るとすぐ夢中になるな」
もう一度室内を振り返り、遼は皆と通路に戻った。
◇
次に入った資材倉庫には、金属製の棚と大小の保管箱が並んでいた。遼は箱の表示を確かめながら奥へ進み、ひときわ大きなケースを見つけた。
「あれ、これって……」
蓋を開けると、取っ手のついた大型通信機が収められていた。折り畳み式の太陽光発電パネルも付属している。
「おお、これは使えるかもしれない!」
電源を入れると、画面が点いた。バッテリーも生きているらしい。
これほど長い年月を経て、なお使用できるバッテリーが残っていたことには驚かされた。当時の軍用品の耐久性は、遼の想像以上だった。
簡単な自己診断ではいくつか警告が出たものの、基本機能は動作しているようだった。
「何だ? また魔法の道具か?」
「ええ。遠くの人と話せる通信機です。太陽の光で充電もできますよ」
「太陽の光で? 相変わらず魔法ってのは何でもありだな」
感心する颯太を横目に、遼は隣の棚から小さなケースを二つ取り出した。こちらには手回し発電機のついた小型通信機が入っている。ハンドルを回すと、二台とも表示灯が点いた。
「颯太さん、ちょっとこれ持っててもらえます?」
「おう?」
「このボタンを押して話してみてください」
遼はもう一台を持って倉庫の反対側へ移動する。颯太が半信半疑で話しかけると、その声が遼の通信機から聞こえた。
『おーい、リョウ。これでいいのか?』
「はい、ばっちりです!」
遼の返事が手元の通信機から聞こえ、颯太は目を丸くした。
「うおっ! この箱からリョウの声がしたぞ!」
「何だと? 俺にも貸してくれ!」
六助まで夢中になって試し始めた。宗一はそんな二人を眺め、真剣な顔で尋ねた。
「これがあれば、離れた仲間とも話せるのか?」
「ええ。どこまで届くかは試さないと分かりませんけど、偵察に出た颯太さんから連絡をもらうこともできますよ」
「そりゃとんでもねえ道具だな……」
離れた場所と瞬時に連絡できる。その価値は、危険な土地を行き来する彼らには特に大きいのだろう。
遼にとってはありふれた通信機も、この時代の人々には驚くべき道具なのだ。宗一たちの反応を見て、そのことを改めて実感した。
「よし、この三台は有馬様にお土産として持っていこう」
「お土産って……お前、そんな簡単に言うなよ」
宗一が呆れ、千代も苦笑した。遼は首を傾げる。
「きっと喜んでもらえると思うんですけど」
「そりゃ喜ぶだろうよ。とんでもなく貴重な魔法の品なんだからな」
大型機は六助が運び、小型の二台は遼の鞄に収めた。倉庫にはほかにも箱が残っていたが、調べ始めればきりがない。
「今日はこのくらいにしておきましょうか」
「そうだな。暗くなる前に山を下りたい」
宗一の言葉に皆が頷く。遼は最後に倉庫を見回した。
通信設備、整備室、資材、そして今も供給される電力。詳しく調べれば、まだ利用できるものがありそうだ。
遼はこの場所を一度の調査で終わらせるつもりはなかった。次は工具を揃え、設備をじっくり調べてみたい。警備ロボットたちの整備も残っている。
そんなことを考えながら、仲間の後を追った。
◇
入口へ戻ると、警備ロボットたちが待っていた。
『施設点検は完了しましたか』
「今日はひとまずここまで。また来るよ」
『了解しました。次回の整備をお待ちしています』
「うん。今度はちゃんと道具を持ってくるから」
遼が手を振ると、ロボットは青白いセンサーを点滅させた。
「なあ、あいつら、やっぱりリョウになついてるよな?」
颯太が六助に小声で話しかける。
「そうとしか見えねえな」
「もう魔物使いでいいんじゃねえか?」
「本人が怒るんじゃないですか?」
千代が笑いながら答えた。
遼はそんな会話を背中で聞きながら、山頂の通信塔を見上げた。恐ろしい魔法生物が徘徊すると言われた呪われた山には、旧世界の施設が今も残されている。
「いやあ、来てよかったですね」
満足そうな遼を見て、宗一は苦笑した。
「お前にとっちゃ、そうなんだろうな」
一行は思いがけない収穫を手に、港町への帰路についた
お読みいただきありがとうございます。
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