18_6話 呪われた山
領主の館を訪れてから、一週間ほどが過ぎた。
ミシンの修理も終わり、遼は比較的ゆったりとした日々を送っていた。
そんなある日の午後、作業台に向かっていると、入口の戸を叩く音がした。
「柏木遼殿、いらっしゃいますか」
「あ、はい!」
顔を上げると、以前も訪ねてきた領主の使者が立っていた。
「有馬様より、再びお越しいただきたいとのお言葉を預かっております」
「またですか?」
「はい。折り入ってご相談したいことがあるそうです」
「相談、ですか」
今度は何だろう。前に直した電卓の調子でも悪くなったのだろうか。
使者から日時を聞き、遼は訪問を了承した。
当日、遼は前回と同じ服に着替え、領主の館へ向かった。二度目ともなると、道順にも慣れたものだ。門番に名前を告げると、すぐに中へ案内された。
通されたのも、前回と同じ部屋だった。
「やあ、リョウ君。よく来てくれたね」
ほどなく現れた有馬正隆は、相変わらず穏やかな笑顔を浮かべていた。
「本日もお招きいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、何度も呼び立ててすまないね。まあ、座ってくれ」
茶が運ばれ、正隆はしばらく遼の近況を尋ねた。
「仕事の方はどうだい?」
「おかげさまで、ぼちぼちです。最近は修理を頼んでくれる人も増えてきました」
「それは結構。前に話していた仕事場は、まだあの小屋なのかな?」
「はい。そろそろ広いところが欲しいんですけど、なかなかいい場所がなくて」
「なるほど。それもいずれ考えないといけないね」
正隆は楽しそうに笑い、茶を一口飲んだ。
「さて、今日は君に少し相談があってね」
「はい。何でしょう?」
「実は、領内に昔から困っている場所があるんだ」
正隆は机に置かれた地図を広げた。
そこには港町を中心とした周辺の地形が描かれていた。海岸線や街道、集落の位置などが記されているが、遼の知る地図とはずいぶん違っている。
「この辺りなんだが」
正隆が指を置いたのは、町から北西に進んだ山間部だった。
「ここに、昔から呪われた山と呼ばれている場所があってね」
「呪われた山?」
「ああ。古い魔法が残っているらしく、近づくと魔法生物に襲われるんだ」
「魔法生物、ですか」
遼は思わず聞き返した。
「そう呼ばれている。人の背丈ほどもある鉄の塊でね。何本もの脚で歩き回り、近づいた者を襲うそうだ」
「へえ」
「縄張りから出てくることはないが、こちらが近づけば容赦なく襲ってくる」
正隆によれば、過去には何度も調査が試みられたという。
しかし、魔法生物は非常に頑丈で、剣や槍では歯が立たない。遠くから矢を射かけても、ほとんど効果がなかったらしい。
逃げ遅れた者が負傷したこともあり、今では領主の命令で立ち入りが禁じられている。
「厄介なことに、町からそれほど遠くないんだ。周辺の土地も使えないし、街道を通すこともできない。昔から頭の痛い問題でね」
「なるほど。それは困りますね」
「それと、もう一つ妙なものがある」
正隆は地図の山頂付近を指した。
「山の上に、大きな鉄の柱が立っているんだ」
「鉄の柱?」
「ああ。ずいぶん高くてね。遠くからでも見えるそうだ。細い鉄の棒を組み合わせたような形をしているらしい」
その説明を聞いた瞬間、遼の頭に一つの光景が浮かんだ。
山頂にそびえる鉄塔。そして、一定の範囲を巡回する鉄製の魔法生物。
(それって、警備ロボットじゃないのか?)
遼も軍の施設で警備用の自律型ロボットを見たことがある。
もちろん、実物を確認しなければ断定できないが、話を聞く限りでは可能性が高そうだった。
そして、山の上に立つ鉄塔。
(そういや、あの辺りに通信基地があったな……)
遼は昔の記憶をたどった。
神戸の山間部には、通信設備を備えた施設がいくつもあったはずだ。戦争中には軍用の通信拠点として使われていた場所もある。
ただ、正確な位置までは覚えていない。
何より、今の地形は昔とは大きく変わっている。地図を見ただけでは、同じ場所なのかどうかも分からなかった。
「リョウ君?」
「あ、はい」
「何か心当たりがあるのかな?」
「いえ、ちょっと考えてました。続けてください」
遼は曖昧に笑った。
もし通信基地だったとしても、今どんな状態なのか分からない。下手なことを言って期待させるのもよくないだろう。
正隆は特に気にした様子もなく、話を続けた。
「それでね。君なら、あの魔法生物について何か分かるんじゃないかと思ったんだ」
「俺が、ですか?」
「ああ。先日は魔法の品をあっという間に直してくれただろう? 普通の魔法技師でも、ああはいかないそうだ」
「いや、あれはたまたま簡単な故障だっただけですよ」
「もちろん、何でもできるとは思っていないよ。ただ、君には私たちの知らない知識があるようだからね」
正隆は地図を指先で軽く叩いた。
「一度、現地を見に行ってもらえないだろうか?」
「えっ、あの山にですか?」
「そう。もちろん、君一人で行かせるつもりはない。護衛はこちらで用意するし、報酬も十分に出そう」
遼は腕を組んだ。
正直なところ、興味はある。
もし本当に通信基地なら、今も使える設備が残っているかもしれない。何より、何百年も警備ロボットが動き続けているというのは、整備士として気になる話だった。
しかし、警備ロボットが人間を攻撃するとなれば、話は別だ。
自分は機械の整備こそできるが、戦闘は専門外である。相手が旧世界の軍用機なら、なおさら近づきたくない。
「うーん。見に行くくらいならいいんですけど……」
「本当かい?」
「ただ、危なそうだったらすぐ引き返しますよ? 何があるか分かりませんし」
「もちろん。それで構わないよ」
正隆はあっさり頷いた。
「今回は、まず何があるのか確かめてもらいたいんだ。危険なら無理をする必要はない」
「それなら、まあ」
「それに、君には親しい荒地渡りがいるそうじゃないか」
「え?」
「宗一という男の一行だったかな?」
遼は驚いて正隆を見た。
「よくご存じですね」
「仕事を頼むんだ。どういう人たちと付き合いがあるのかくらいは調べさせてもらったよ」
「はあ、なるほど」
領主ともなると、そんなことまで調べるものらしい。
「彼らは腕も確かだそうだし、気心も知れているんだろう? 護衛を任せようと思うんだが、どうかな」
「ああ、それなら安心ですね。俺も知らない人より宗一さんたちの方がいいです」
「では、決まりだね」
正隆は満足そうに頷いた。
「護衛の報酬はこちらで用意する。君にも調査の謝礼を出そう。何か分かれば、それに応じて追加の報酬も考えたい」
「ありがとうございます。でも、本当に見てくるだけでいいんですか?」
「まずはそれで十分だよ。何も分からなければ、それはそれで仕方がない」
「分かりました。じゃあ、一度行ってみます」
「ありがとう。助かるよ」
正隆は嬉しそうに笑った。
その後、出発までに必要な準備について簡単に話し合った。
現地までは山道が続くため、移動手段や荷物の運搬も考える必要がある。詳しい日程は、荒地渡りたちと相談して決めることになった。
「それじゃあ、よろしく頼むよ」
「はい。できる範囲で頑張ってみます」
こうして、遼は領主から初めての調査依頼を受けることになった。
館を出た遼は、帰り道で改めて地図に示されていた場所を思い出した。
(通信基地か。もしそうなら、何か残ってるかもしれないな)
だが、警備ロボットがいるとなれば油断はできない。
とりあえず宗一たちと相談してから考えよう。
そう決めると、遼はいつもの港町へ足を向けた。
◇
それから数日後。
遼が小屋で作業をしていると、宗一たち四人が慌ただしく訪ねてきた。
「おい、リョウ! お前、領主様に何をやったんだ?」
「え? 何ですか、いきなり」
「俺たちに領主様から指名依頼が来たんだよ! しかも、お前の護衛だって話じゃねえか!」
「ああ、その話ですか」
「その話ですか、じゃねえよ!」
宗一は呆れたように声を上げた。
「領主様から直接指名されるなんて、そうそうあることじゃねえんだぞ!」
「そうなんですか?」
「お前なあ……」
遼は先日、正隆から呪われた山の調査を頼まれたことを説明した。
「とりあえず見に行くだけですけどね。危なそうなら帰っていいって言われてますし」
「お前は気楽でいいな……」
宗一が苦笑すると、隣で颯太が笑った。
「まあ、俺たちにとっちゃ大仕事だけどな。成功すりゃ、とんでもない実績になるぜ」
「報酬もいいしな!」
六助も嬉しそうだ。
「ただし、危険な場所であることは確かです。油断は禁物ですよ」
千代が釘を刺すと、宗一も頷いた。
「そういうことだ。リョウ、現地じゃ俺たちの指示に従ってもらうぞ。危険だと思ったら即撤退だ」
「もちろんです。よろしくお願いします」
「任せとけ。領主様からの指名だ。全力で護衛させてもらうぜ!」
宗一は力強く笑った。
その後、必要な装備や日程について簡単に相談し、詳しい準備は後日進めることになった。
四人を見送った遼は、作業台に戻りながら苦笑した。
「なんだか大げさなことになっちゃったな」
とはいえ、現地に何が残っているのかは気になる。
遼は山頂の鉄塔を思い浮かべながら、再び工具を手に取った。




