15_4話 消えた灯り
宿の裏小屋で作業をしていた遼は、入口から聞こえた声に顔を上げた。
「よう、リョウ! 約束の品、持ってきたぜ!」
戸口に立っていたのは、先日、平助の店で出会った荒地渡りの四人だった。
「ああ、いらっしゃい。どうぞ、入ってください」
「おう、邪魔するぜ!」
大柄な男が荷物を作業台に置いた。
「へえ、ここが仕事場か。思ったより狭いな」
「今はこれが精一杯なんですよ」
「おい、颯太。最初に言うことがそれか」
先頭の男が呆れたように言った。
「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺は宗一。こっちが颯太で、でかいのが六助だ」
「でかいのって、紹介が雑じゃねえか?」
「間違ってないだろ」
「私は千代と申します。よろしくお願いします」
最後に入ってきた女性が頭を下げた。
「柏木遼です。よろしくお願いします。それで、例の灯りは?」
「これだ!」
六助が布包みを開く。中から現れたのは、黒ずんだ金属製の道具だった。円筒形の本体に持ち手がつき、片側には透明な板、側面には折り畳み式のハンドルがある。
遼には見覚えがあった。軍の整備施設にも似たものがあったはずだ。手回し発電式の携帯作業灯だろう。
「どんな具合に壊れたんですか?」
「最初はすげえ明るかったんだ。こいつを回せば、しばらく光ってたんだが、だんだん暗くなってな」
「いつ頃からですか?」
「半年くらい前だったか?」
「もっと前だよ。山向こうの遺跡へ持っていったときには、もう駄目だったろ」
颯太に指摘され、六助は頭をかいた。
「ああ、そうだった! 細けえことは覚えてねえよ」
遼がハンドルを回すと、途中で引っかかり、動きも重かった。
「中を調べないと分かりませんけど、直せるかもしれません」
「本当か?」
宗一が身を乗り出す。
「元どおりにはならないかもしれません。それでもよければ預かります」
「もちろんだ。直るなんて思ってなかったからな」
宗一によれば、この灯りは遺跡の奥で見つけたものらしい。暗い場所を調べるときに重宝したが、故障してからは倉庫に眠っていたという。
「魔法の品だからな。普通の遺物技師には直せねえし、魔法技師に頼む伝手もない」
「なるほど」
電気で動く道具は、この時代では魔法の品と呼ばれる。平助からも聞いていた話だ。
「それで、修理代なんだが……」
「まだ何とも言えませんけど、普通の機械と同じくらいでいいですよ」
「何?」
「俺も中を見てみたいんです。部品が手に入らなければお返ししますし、直せても完全には戻らないかもしれませんから」
おおよその上限を伝えると、宗一は困ったように仲間と顔を見合わせた。
「安すぎねえか?」
「いいじゃねえか! 本人がそう言ってんだから!」
六助は喜んでいたが、千代は少し考えてから頭を下げた。
「では、お言葉に甘えます。どうか無理はなさらないでください」
「はい。三日ほどで一度結果をお伝えします」
こうして遼は、荒地渡りたちから初めての修理依頼を受けた。
◇
四人が帰ると、遼はさっそく作業灯を分解した。
内部には小型の発電機と蓄電部、発光部分を制御する基板が収められていた。長年使われてきたのだろう。接点は腐食し、発電機の回転部分にも錆が浮いている。何より、蓄電部が完全に駄目になっていた。
「これは交換しないと無理だな」
だが、代わりの蓄電池など手に入らない。幸い、発電機と発光部分は使えそうだった。蓄電を諦め、ハンドルを回している間だけ点灯させるなら、修理できるかもしれない。
遼はハンドルを回しながら内部の動きを確認し、必要な部品を書き出した。腐食した接点の代わりになる金具さえ作れれば、残りは手持ちの材料で何とかなりそうだ。
その日のうちに、新吉の店へ向かった。
「また妙な物を持ってきたな」
「この金具、同じような形で作れませんか?」
新吉は腐食した接点を眺め、指で曲げ具合を確かめた。
「銅なら何とかなりそうだ。何の部品だ?」
「古代の灯りです。修理を頼まれまして」
「灯り? 魔法の品じゃねえか! お前、直せるのか?」
「まだ分かりませんけど、試してみようと思って」
新吉は呆れた顔をしたが、やがて笑った。
「相変わらず妙なもんばかり触ってるな。まあ、金具なら作ってやるよ」
「いつ頃できそうですか?」
「明日の夕方には渡せるだろう」
「助かります!」
翌日、遼は発電機の錆を落とし、固着した部分を清掃して回転を滑らかにした。傷んだ配線も交換する。夕方に新吉から金具を受け取り、腐食した接点と入れ替えた。
内部の配線を組み直し、何度かハンドルを回して確かめる。作業は思ったより手間がかかり、日が暮れても終わらなかった。
三日目の朝、組み立てを終えてハンドルを回した。しかし、光らない。
「駄目か。どこだ?」
再び分解して配線と基板を調べる。発電機の出力は出ている。となると、問題はその先だ。接続を一つずつ確かめて調整し、もう一度組み直した。
ハンドルを回すと、発光部分がちらついた。
「おっ?」
さらに回すと、白い光がともった。
「よし、ついた!」
思わず声が弾んだ。
手を止めれば消えてしまうし、明るさも回転の速さで変わる。元の性能には遠く及ばないが、それでも火を使わず照らせるのだから、役には立つはずだ。
遼は何度も点灯を確認し、外装の汚れを拭き取った。
念のため小屋の外でも試してみた。朝の建物の陰に白い光が広がる。
「うん、問題なさそうだな」
裏道を歩いていた男と目が合った。男はぎょっとして足を止め、灯りと遼を交互に見ている。
遼は気まずくなり、愛想笑いで軽く会釈した。男は何度も振り返りながら去っていった。
「びっくりさせたかな?」
遼は首を傾げ、小屋へ戻った。
◇
「本当に直ったのか!?」
午後、約束どおり訪ねてきた六助は目を丸くした。
「前とは使い方が違いますけどね。見てもらった方が早いです」
遼は四人を薄暗い小屋の奥へ案内し、ハンドルを回した。白い光が壁を照らす。
「おおっ! こいつだ! この光だ!」
六助が叫ぶ。颯太は呆然とし、千代も目を見開いていた。
「ただし、回している間しか光りません。電気を蓄える部分が駄目になっていたので」
「ちょっと貸してくれ」
宗一が受け取り、半信半疑でハンドルを回す。白い光がともると、しばらく壁を照らしたまま動かなくなった。それからゆっくりと手を止め、何度も頷いた。
「十分だ。十分すぎる。……リョウ、お前、魔法技師だったのか?」
「いえ、普通の整備士ですよ」
「普通の整備士が魔法の品を直せるわけねえだろ!」
「おい、六助! 声がでけえ!」
宗一が注意したところで、戸口から声がした。
「何の騒ぎだ?」
顔を覗かせたのは平助だった。後ろには新吉もいる。
「ちょうどよかった。例の灯り、直りましたよ」
遼が光らせてみせると、二人は揃って黙り込んだ。
「……お前、本当に直したのか」
「新吉さんの金具も使わせてもらいました」
「俺が作ったのはただの金具だぞ」
平助も真剣な顔で遼を見ていた。
「リョウ、お前さん、とんでもないことをやったんじゃないか?」
騒ぎを聞いて宿の主人まで様子を見に来た。狭い小屋がひとしきり賑わい、ようやく静かになってから、遼は尋ねた。
「そんなに珍しいことなんですか?」
「珍しいも何も、魔法の品を直せるのは魔法技師くらいだぞ。遺物技師ならこの町にもいるが、あいつらが直すのは仕組みの分かる古い道具だ」
平助によれば、魔法技師は非常に少なく、その大半が大きな領主に抱えられている。普通の人間が仕事を頼むことさえ難しく、仮に頼めたとしても修理代は高額になるらしい。
「まあ、魔法技師だって何でも直せるわけじゃねえそうだがな」
「俺たちだって、頼めるならとっくに頼んでるさ」
宗一が苦笑した。
「そうだったんですか……」
自分にとっては、少し手間のかかる古い機械の修理でしかない。電気製品を直せる人間は少ないと思っていたが、ここまでとは考えていなかった。どうやら、その感覚が周囲とは大きく違っているらしい。
◇
「それで、修理代はいくらだ?」
「最初にお伝えした金額で大丈夫ですよ。部品代も収まっていますし」
「お前、まだそんなこと言ってんのか?」
宗一が呆れ、千代も申し訳なさそうに頷いた。
「魔法の品の修理です。もっとお支払いしないと」
「でも、約束しましたから。それに完全に元どおりにはできませんでしたし」
宗一はしばらく遼を見つめ、やがて息を吐いた。
「分かった。約束どおり払う。その代わり、今度飯を奢らせてくれ。うまい店があるんだ」
「それなら、ありがたくご馳走になります」
「よし! だったら俺も行くぞ!」
六助が手を叩く。
「お前は毎回行ってるだろ」
「せっかくだから、いいもん食おうぜ!」
「お前に奢るわけじゃねえ!」
颯太の突っ込みに、遼も笑ってしまった。
次の休みに食事へ行くと決まったところで、平助が声を落とした。
「ところでリョウ。魔法の品を直せることは、あまり言いふらさん方がいいぞ」
「どうしてですか?」
「魔法技師を欲しがる連中は多い。強引な奴に目をつけられたら厄介だ」
「下手すりゃ、無理やり連れていかれるかもしれねえぞ」
宗一も真顔で言った。
「それは困りますね……。気をつけます」
「俺たちも余計なことは喋らねえ。お前らもいいな?」
「分かってるって!」
「特に六助、お前だぞ」
「何で俺だけなんだよ!」
一同に笑いが起こる。
「困ったら相談しろよ」と平助が肩を叩き、新吉も「次の部品も任せろ」と笑った。
魔法の品を修理したことで、ずいぶん驚かれてしまった。それでも、彼らの態度は以前と変わらない。冗談を言い合い、次の仕事の話までしてくれる。遼にはそれが嬉しかった。
◇
皆を見送った遼は作業台へ戻った。
「これからは少し気をつけないとな」
自分には当たり前の知識が、この時代では思いがけない価値を持っている。それでも、壊れた道具を直すことなら自分にもできる。これからも、できる範囲で続けていけばいい。
窓の外からは、いつもどおり港の賑わいが聞こえていた。
◇
数日後、町では妙な噂が広まり始めた。
「宿の裏で、若い修理屋が白い光を出してたんだと」
「火も使わずにか? そりゃ魔法の品じゃねえか」
「あいつ、魔法技師なんじゃねえの?」
噂はやがて領主の館にも届いた。
「町に魔法技師らしき男がいる?」
「はい。ただ、宿の裏で妙な光を見た者がいるというだけで、確かな話ではありません」
「ふむ。魔法の品でも拾ったのかもしれんな。何か分かったら知らせてくれ」
「承知しました」
その頃、当の遼は噂など知らず、いつものように裏小屋で修理に励んでいた。
お読みいただきありがとうございます。
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