14_3話 遺物漁師たち
翌朝、遼が平助の店を訪ねると、店先に見慣れない男たちが集まっていた。
「おう、リョウ! 来たか!」
「おはようございます。昨日、面白い物が入ったって言ってましたよね」
「ああ。こいつを見てくれ」
平助が示したのは、人の腕ほどの長さがある金属製の筒だった。上部には長いレバーが付き、側面には管をつなぐ口が二つ。全体が錆びつき、レバーも途中までしか動かない。
「これ、手押しポンプですね」
「お、分かるのか?」
「ええ。水を汲み上げたり、別の場所へ移したりする道具です」
傍らにいた大柄な男が身を乗り出した。
「それで水が汲めるのか?」
「直せれば、船に溜まった水を出すのにも使えると思います」
「聞いたか! やっぱり拾って正解だったな!」
「お前、重いから置いていこうって言ってただろ」
若い男が呆れた顔をする。平助が笑いながら二人を紹介した。
「こいつらは遺物漁師だ。昨日、水都から戻ってきたばかりでな。リョウは例の巻き上げ機を直した遺物技師だよ」
「へえ、あれを直したのか。ずいぶん若いな」
「どうも、柏木遼です」
「俺たちは水都で古物を拾って食ってる。よろしくな」
差し出された手は分厚く、硬かった。男たちの肩には使い込まれた縄がかかり、日に焼けた腕には小さな傷がいくつもある。見るからに体を使う仕事だ。
「それで兄ちゃん、こいつも直せるか?」
「見てみないと分かりませんが、試してみます」
「よし、頼む!」
「おい、先に金の話だ」
平助に言われ、遼は修理代を決めた。材料費込みで、直らなければ代金は受け取らない。男たちはあっさり了承した。
◇
ポンプを宿へ運ぶ道すがら、遼は水都での仕事について尋ねた。
「東の方にな、上だけ残った建物があるんだ。そこの中で見つけた」
「船で入るんですか?」
「入れるところまでな。あとは登ったり、潜ったりだ」
大柄な男は気楽に話すが、若い男によると床が抜けた建物も珍しくないらしい。狭い通路を進んだ先で瓦礫が崩れたり、潮の流れが変わって帰り道を失いかけたりしたこともあるという。
「危険な仕事なんですね」
「危ねえよ。だから欲をかかない。帰ってこられなきゃ何にもならねえからな」
遼は港の向こうへ目を向けた。海面から突き出した高層建築。その下には、かつての神戸の街が広がっている。自分が歩いた道路も、駅も、店も、今では海の底だ。あのビルのどこかにも、人が働き、買い物をしていた場所があったのだろう。その跡から道具を拾い上げて暮らす人々がいる。頭では分かっていても、まだ不思議な感じがした。
「どうした、兄ちゃん?」
「いえ。ずいぶん大きな街だったんだなと思って」
「古代の人間が何人いたのか知らねえが、たいしたもんだったんだろうな」
男に悪気はない。遼もそれは分かっていた。
「そういや、この前、妙な箱を山ほど見つけたぞ」
若い男が思い出したように言った。
「手のひらくらいで、黒くて薄い。表面がつるつるしてるんだ」
「何か動きますか?」
「いいや。魔法の品かもしれねえが、俺たちじゃ使い道も分からねえ」
スマートフォンだろうか。そう思ったが、電源も通信網もないこの時代では、たとえ形が残っていても使えるとは限らない。
「魔法技師なら分かるかもしれねえけどな」
「この町にもいるんですか?」
「まさか。ああいう連中は大きな領主様に囲われてるよ」
遺物技師の中でも、原理の分からない不思議な遺物を扱える者が魔法技師と呼ばれるらしい。今の人々にとって、電気で動く道具は魔法の品なのだろう。
「その箱、今度見せてもらえませんか?」
「平助の店にもあったはずだぞ」
「ありがとうございます。また見に行ってみますね」
「ははっ、変わった兄ちゃんだな!」
◇
宿の裏小屋へ戻ると、遼はポンプの分解に取りかかった。しかし錆で固着した留め具が多く、無理に回せば壊してしまいそうだった。
「うわぁ…これは時間がかかりそうだな」
油を差し、動く部分から少しずつ外していく。その日は内部を確認するところまで進まず、分解できたのは翌朝だった。
中には泥や錆が入り込み、弁の革は硬くなっている。金属製の押さえ板は割れ、軸にも傷みがあった。ただ、致命的な歪みはない。
「部品さえ揃えば、何とかなりそうだ」
遼は割れた金具を持って新吉の店へ向かった。
「おう、リョウ。今度は何だ?」
「これと同じような部品、作れませんか?」
新吉は金具をひっくり返し、しばらく眺めた。
「作れるが、この薄さじゃまた割れるぞ」
「やっぱりそうですよね。少し厚くしたいんです」
「なら、ここも広げた方がいいな」
木片に簡単な図を描き、二人で形を決める。新吉はポンプを見たこともないはずなのに、力がかかる場所を聞くと、すぐに加工方法を考えてくれた。こういう職人がいるのは心強い。
「明後日くらいにはできる。先に仕事が入ってるんでな」
「お願いします」
金具を待つ間、遼は本体の錆を落とし、革細工屋で弁の代用品を探した。別の修理仕事も進めたが、ポンプの組み立てはできない。
新吉から連絡が来たのは、その翌日の夕方だった。
「できたぞ。合わなきゃ持ってこい」
「ありがとうございます。助かります!」
作ってもらった金具は、細かな調整こそ必要だったものの、無事に取り付けられた。翌朝、ポンプを組み上げて桶の水を吸い上げてみる。
最初は水が上がらず、弁を調整し直した。再びレバーを動かすと、今度は反対側の管から勢いよく水が流れ出す。
「よし、動いた!」
水漏れや異音を確かめる。摩耗した部分は残っているが、船底の水を汲み出す程度なら使えそうだ。
一方、漁師たちがついでに置いていった小さな機械は、内部の腐食がひどく修理を諦めた。使える部品だけ取り外して返すことにする。古い物が何でも直せるわけではない。
◇
修理を始めて五日目。遺物漁師たちがポンプを引き取りに来た。
「おお、本当に直ったのか!」
「使えますけど、古い物ですから無理はしないでくださいね」
「分かった。で、どうやって使うんだ?」
遼は外に並べた二つの桶で実演してみせた。レバーを上下させると、一方の桶の水がもう一方へ流れ込む。
「こりゃすげえ! 柄杓で汲むよりずっと楽だ!」
大柄な男が嬉しそうにレバーを握った。
「おい、壊すなよ」
「分かってるって!」
操作方法を教え、約束の代金を受け取る。男たちは何度も礼を言い、ポンプを運び出そうとした。
「あの、今後も古い機械が見つかったら、持ってきてもらえませんか?」
「ん? いいけどよ」
「直せそうなら買い取るか、修理を請け負いたいんです。用途が分かるだけの物もあると思います」
「そりゃ助かる。分からねえ物は平助に持っていくだけだからな」
そうして、遼には新しい仕入れ先ができた。
それからも漁師たちは時折、機械や道具を持ち込んだ。使い物にならない品もあったが、修理して平助の店に並べると、少しずつ買い手がついた。新吉に部品を頼むことも増えていく。売れた品物の使い方を客に尋ねられることもあり、遼は時々、店先で実演するようになった。知らない客から声をかけられる機会も増えていた。
「お前さんのおかげで、妙な物を持ち込む奴が増えたよ」
ある日、平助が笑いながら言った。
「ありがたいじゃないですか」
「昨日なんか馬鹿でかい鉄の箱を持ってこられたぞ。リョウなら何とかするだろうってな」
「それ、俺のせいですか?」
「半分くらいはな」
「勘弁してくださいよ」
遼の知らないところで、壊れた古い道具を直す若い遺物技師の噂が、町に広がり始めていた。
◇
数日後、遼が平助の店で工具を選んでいると、四人の男女が入ってきた。
「平助、頼んでた物は揃ってるか?」
「おう。奥に置いてあるぞ」
先頭は使い込まれた革鎧を着た三十代ほどの男。続いて若い男、大柄な男、女性が一人。皆、泥の付いた頑丈そうな靴を履いている。誰も店内を珍しそうに見回さず、各々が必要な品を探し始めた。平助とも顔馴染みのようだ。
「縄は太いやつでいいんだよな?」
「そうだ。今度は途中で切るなよ」
「切ったのは俺じゃねえ!」
「無理に引っ張ったからでしょう」
女性が落ち着いた声で言うと、大柄な男は黙って縄を担ぎ直した。平助は慣れた様子で油壺を並べる。
「もう戻ったのか。早かったな」
「道が崩れてたんだ。荷車が通れなくてね」
先頭の男が答えた。平助は遼に気づくと、彼らを紹介した。
「こいつらは荒地渡りだ。長い付き合いでな。こっちはリョウ、最近うちに出入りしてる遺物技師だ」
「柏木遼です。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
先頭の男が会釈を返す。若い男は遼の手にある錆びた工具を見た。
「それ、使えるのか?」
「刃は生きていそうなので、直してみようかと」
「へえ。俺には鉄屑にしか見えないな」
そこへ大柄な男が顔を出した。
「なあ兄ちゃん、古代の灯りなんかも直せるか?」
「灯りですか?」
「手に持てる筒でな。火も油も使わずに光るんだ。前は使えたんだが、いつの間にか光らなくなっちまった」
「そりゃ魔法技師の仕事じゃねえのか?」
若い男が言うと、大柄な男は肩をすくめた。
「そんな偉い連中に頼めるかよ」
遼は興味を引かれた。懐中電灯だろうか。長い年月を経てなお使えていたのなら、ぜひ見てみたい。
「直せるかは分かりませんけど、見せてもらえませんか?」
「おう。そのうち持ってくるよ」
買い物を終えた四人は、遼の仕事場を聞いて帰っていった。
「腕のいい連中だぞ」
平助が言う。
「危ない場所へ行くくせに、きっちり帰ってくる」
「すごいですね」
「帰ってこなきゃ商売にならんからな。ところで、工具はどうする?」
「あ、この二つをください」
「全部買ってくれるんじゃなかったのか?」
「そんなわけないでしょう!」
平助の笑い声を背に、遼は店を出た。
宿の裏小屋では、修理待ちの道具が作業台を埋め始めていた。平助が売り、新吉が部品を作り、遺物漁師が品物を運んでくる。町の人たちとのつながりが、少しずつ遼の仕事を支えている。最初は一人で古い道具を直していただけだった。それが今では、次の仕事が待っている。忙しさに追われながらも、遼は悪くない気分だった。
「もう少し広い作業台が欲しいなあ」
そう呟きながらも、遼の手は次の機械へ伸びた。
そして数日後、あの荒地渡りたちが宿の裏小屋を訪ねてきた。
「よう、リョウ。約束の品、持ってきたぜ」
差し出されたのは、火も油も使わずに光るという、旧文明の灯りだった。
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