第5話 夕飯はみんな大好きな……?
そのまま俺はシルヴァに米俵よろしく運ばれ、運ばれ……。あああ、馬の振動がきついいいい。
生身のロデオ。機械じゃない。ある意味贅沢だが、きつめの運動だ。
異世界転生したい人は乗馬習っておいた方がいいぞ、絶対に。
無論、俺は習っていなかったので、家に着くころにはもうへとへとになってしまっていた。
「リゲル、どうかしたのか?」
「……ぐぐぐぐ……」
シルヴァの「は? これくらい運動のうちに入りませんけど?」とでも言いたげな態度が腹立つ。
なんだよ! 俺だって本気出せば乗れるんだからな! いまは本気出してないだけで!
と、言ってやりたいのだが、そんなことを言ったらあとが怖い。
なにせこのシルヴァという男、俺がちょっとでも危険なことをするのが許せないのだ。
乗馬を習いたいなんて言い出したら、きっと即答で「だめ」と返ってくるに決まっている。
そして俺が諦めるまでぐだぐだと言い続けるに決まっているのだ。
俺は大人なので、見えている地雷は踏まないのだ。
シルヴァは俺をおろすと、再び馬上の人となった。
「馬を戻してくる」
「へ? じゃあ、俺、その間なにしてたら……」
「すぐにロイたちが追い付く」
「はあ? みんな馬で行ったの?」
「いや。徒歩だ」
「じゃあ、どうやって馬の全力疾走に追いつくんだよ」
そう言ったが、すぐに通りの向こうから荷車を曳いて歩いて来る3人の姿が見えた。
――まじ?
シルヴァは訳知り顔で声を落として言う。
「彼らは足が速い種族だから」
「いや……人間の姿のときもそんなに速いのか……??」
「子どもの頃から人間に化けていると、操るのがうまくなるらしい」
「はあ???」
山を走り回っているのは知ってたけど、そんな山伏というのか飛脚というのか……人間離れしたことになっているとは。
俺が目を丸くしていると、ピイが呑気に手を振ってきた。
「たっだいま~!」
「お、おかえり……走って帰ってきたのか?」
「まあね~。軽く」
軽く、とピイは言うが、隣を歩くロイは肩で息をしている。
ロイの「ちょ、水……」という言葉を無視して、ピイがじゃーんと手をひろげる。
「見てよ、俺とミイで仕留めたんだ」
荷車を見る。……うっわ、すっげぇ。
「鹿だー……」
「頑張ったんだ」
――ミイとピイが捕えてきたのは、立派な鹿だった。
毛皮を撫でてみる。ああ、ちょっと硬い毛。
前世の記憶がよみがえる。鹿鹿鹿とみっつあわせて「麤い」――荒いと読む。
荒々しいから来ているのか、毛皮が粗いことからきているのか、ああ、どっちだったかもう忘れてしまった。
つぶらな鹿のアーモンドの瞳に俺が映る。
鹿にはじめて触れたのは奈良公園だっただろうか、それとも近所の小さな動物園だっただろうか。
……はっ、いけないいけない。感慨にふけってしまった。それはきっと、俺にまだ大和魂があるからだ。
なら、ここで言うべき言葉はひとつだ。
「――いただきます」
*
裏庭で解体作業がはじまったのは昼過ぎだった。
先生はシルヴァで、ミイとピイが生徒だ。
俺もできれば手伝いたいのだが、俺には俺にしかできないことがある。
「よし、おいしい夕飯作るぞ!」
腕まくりして、エプロンをつけて、準備は完璧。
おなじくロイも包丁を握ってスタンバイOKだ。
ロイはちょっといたずらっぽい顔で尋ねる。
「それで? 今日は何をつくるのさ?」
「ふっふっふ、今日のメニューは鹿肉カレーだ!!」
「かれえ?」
そう、みんな大好きカレー。
給食に出してよし、家で食べてよし、保存して2日目に食べてよし、うどんにしてよし、パンにつけてよし。
もっともっと言うと、大量につくれて器に盛るだけでよし!! うん、食堂のメニューにぴったりだ。どうしていままで思いつかなかったのだろうか。
「ま、こっちには米はないから、鹿肉カレー&パンだな」
「カレーあんどパン。おいしい?」
「めちゃめちゃうまい!!」
なんといっても、日本式カレーはカレー発祥の地であるインドに逆輸入されてしまうほどうまい。
まあ、なにをもって日本式なのかは俺は知らないが。
問題点としては、日本の大発明品であるカレールゥがこちらの世界にないことだ。
粉から作る必要がある。
もちろん、ふつうの高校生をやっていた俺はカレールゥなしでカレーを作る方法なんてぼんやりとしか知らない。
前世の母はルゥを使っていなかったはずなのだが、覚えているのは小麦粉を炒めることくらいだ。
でも、なんとかなるんだよな、これが。
俺はにやにやする頬を押さえて得意気にレシピを説明する。
「作り方だけど、まずはパンのもとになる粉を油で炒めて……それから香辛料を入れる」
「なんの香辛料?」
「いまから調べる」
「ええ?」
「Hey 天眼、カレーに使える香辛料はどれだ?」
俺の優秀な天眼が目の前に並べたこちらの世界の香辛料たちから、順番によさそうなものを選んでくれる。
くぅ~。便利だ。便利すぎる。AIも真っ青だ。俺のチート能力。地味だけど。
「よし、だいたいわかった。あとはもう勘で入れていこう」
「大雑把だね」
「男の料理だからな」
「食堂で出すならメモしておいた方がいいんじゃない? 毎日味が変わるんじゃあお客さんもびっくりするよ」
「それもそうか。頭いいな」
俺はペンをとる。
油で粉を炒めて、香辛料を入れて、それから別のフライパンで玉ねぎがきつね色になるまで炒めて……。肉と野菜を炒めて、それから水を入れて……。
「この野菜っていうのは、人参っぽいやつとじゃが芋っぽいやつと玉ねぎっぽいやつで……ああ、名前忘れた」
「ええ? どれ?」
「これ。昨日市場で買ったんだ」
袋から昨日の戦利品を取り出す。鮮やかな蛍光オレンジと、真ん丸な薄茶色。微妙に日本で見かけたそれと違う姿をしているが、昨日試食した感じだと、そのままと言っていいだろう。
「ああ、マネロとキージカだね」
「そういえばそんな名前だった気がする」
人参=マネロ、じゃが芋=キージカ。
何回聞いても、前世で覚えた単語に負けてしまう。
しっかり覚えてなくては。なんたって、看板メニューになるんだからな!
「完成したら、ロイが最初に食べていいぞ、鹿肉カレー」
「……ミイとピイが怒りそうだね。あとシルヴァさんも」
「こーゆーのは、作った人の特権」
「じゃあ、ありがたく」
俺たちは台所でひそかに笑いあった。




