第4話 異世界は食材であふれている
小高い丘の上で片膝をついて、片目をおさえる。
そして「教えてくれ……アンカネロはどこだ」とつぶやく。
すると瞬く間に俺がもとめるものが目に映し出される。
俺は「やれやれ」と言ってゆっくりと立ち上がる。
長い黒のマントが風に揺れた。
何を隠そう、俺の異世界転生において唯一与えられたチート、スキル【天眼】だ。
ちなみにポーズとセリフは雰囲気だ。
みんな好きだろ? 意味深な社長キャラ。
俺もなりたい。意味深社長キャラ。
主人公がピンチの時に颯爽と現れて手を貸してくれる敵か味方かよくわからないけど女子に人気のキャラだ。くぅ~しびれるぜ。
せっかく社長になると決めたのだから、しっかりキャラ付けもしていかなければならないだろう。これはその予行練習だ。
俺は「やれやれ」とつぶやきながら歩く。
今回探している”アンカネロ”は結構近くにありそうなのだが、喜びを顔に出さずに「やれやれ」と言う。なぜならそれがキャラ付けってやつだからだ。
俺が十数回目の「やれやれ」をつぶやいたとき、隣から頭を叩かれた。
「うるさい」
「なんだよ、ロイ。お前は俺の仕事中は冷酷無比なのに休みの日には初恋のお姉さんが働いている孤児院で子どもたちと遊んでいるというギャップ持ちの付き人設定、カッコ実は天涯孤独の天才殺し屋の弟子カッコ閉じ、なんだから黙ってついてこいよ」
「盛り過ぎてる設定を押し付けてくるのやめて。荷が重い。あとそのマントはなに」
「これ? いいだろ、買ったんだ」
「趣味悪……」
こら、俺のキャラ付けマントをばっちいもののように指二本でつまむな!
黒の足首まであるマントは男の夢だろう!?
風にそよがせたいだろう!?
だというのに、このいい子ちゃんときたら、まったく男の夢を理解していない。
ロイの分も買って隠してあるのだが、どうやら着てくれなさそうだ。
くそぅ。
ロイは辛らつだ。
「いまはいいけど、街に戻ったら絶対脱いでよ。隣歩けない」
「わかってるよ。この姿は、俺とお前だけの秘密だ。ちゃんと着替える」
「えー……」
「アンカネロはこっちだ。ほら、お前も意味深に歩け」
「意味深に歩くってなに……」
「視線落として、ため息ついて、やれやれって言いながら歩くんだよ!」
「絶対やだ!」
「ほら、行くぞ! 急がないと、見つかるだろ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、俺たちはまっすぐにアンカネロがある場所へ進む。
俺たちが探しているアンカネロというのは、わかりやすく言うと玉ねぎだ。玉ねぎの異世界Verだ。いや、まんま玉ねぎだ。ちょっと小玉だが。切るとちゃんと目がしみる。
平地や山に群生して生えているが、こちらの世界ではあまり食べられていないらしく、市場では見かけない。
え? ならどうしてそれが玉ねぎに似ているってわかったのかって?
それはもちろん――。
「便利だね、天眼」
見つけたアンカネロを背負った籠に放り込みながら、ロイはしみじみと言った。
ふふん。そうだろうそうだろう。
スキル【天眼】は念じればそれを見せてくれる。
今回も、”アンカネロ”はどこと念じれば、それが見えた。あとは太陽の位置や風景であたりをつけていけば簡単に見つかる、というわけだ。
「しかも、名前を知らなくてもいいんだぜ? 玉ねぎっぽい食材~って念じればいいだけ」
それで先日アンカネロの存在を知り、試しにひとつ採ってみて、これは玉ねぎだと確信した。
そして暇してそうなロイを誘って収穫に来たってわけだ。
サイは宿題と格闘していて、ピイとミイはどこかに遊びに出かけたようだった。
目の前のアンカネロは十数個はある。
多少残しておくとしても、食堂用に持って帰るには十分な量だ。
「かーっ、こりゃ俺の食堂の食材は全部タダでいけるな。丸儲けだ」
目がコインの形になってしまいそうだ。
いけないいけない、意味深社長キャラでいくんだった。
頬を叩いて仄暗い目に戻す。やれやれだ。
ロイは茶色いそれを収穫しながら、鼻をひくひくと動かして目をしかめた。
「なんか嫌な臭いするけど、ほんとうに食べられるの?」
「炒めたら甘いんだよ。おまけに、なんにでもあう」
「へぇー。ニホンの野菜に似てる?」
「見た目もにおいもそっくり。完璧だ。ああ、楽しみ~」
「これでニホンの料理をつくるんだ?」
「今回は楽しみにしててくれよ!」
「毎回楽しみにしてるよ」
「へへっ」
ちなみに、もう俺の家族たちには俺が転生者であることを伝えている。
というか、スキルを持っていることを嬉々として話した瞬間にばれた。
スキル持ち――それは異世界からやってくる使者なのだそうだ。
スキル持ちが来ることは神官によって予言され、母親の腹の中にいる間に保護される。
まあ、俺みたいな奴もいるので、全員ではないのだろうが。
スキルというのは便利だ。
みんなスキルをほしがる。
その結果、スキル持ちの内臓を食べたら食べた者にスキルを得る権利が移る――という迷信が広く信じられているが、実はそんな方法でスキルを移した者はひとりもいないのだという。
なるほど、どこの世界でもわけがわからない迷信が生まれるらしい。
っと、まあようするに、スキル持ち=異世界転生者というわけで、俺も10歳のころに国にその旨を申告したのだが、行政官ときたら俺のスキルを知るやいなや「微妙~……」と言ってくれたわけである。
この世界にはスキル持ちが意外といて、国が求めているのは優秀なスキル持ちだった。
まあ「微妙」だったおかげで、こうして家族といっしょにいられるわけだからよしとしよう。
それに、「微妙」なスキルも使いようだ。っていうか、俺は微妙だと思っていないけどな!!
収穫を終えると、ロイが立ち上がった。
「こんなもんでいいかな?」
「そうだな。帰るか……見つかる前に」
よっこいしょ、と掛け声とともに立ち上がる。くぅ、ちょっと欲張りすぎたかも。
「リゲル、重い? こっちにいくつか移していいよ」
さすが。優秀なメンズは気遣いができる。
お言葉に甘えていくつかの玉ねぎを移す。
ロイは玉ねぎが入った籠をひょいと持ち上げると、そのまますたすたと歩きだす。
うーん、なんといってもフェンリル。人間に化けていても、力は俺の比ではないのだ。
俺も負けじと足に力を入れて彼の後ろを追おうとして――マントを踏んずけて盛大に転んだ。
玉ねぎがころころと地面を転がっていく。
「いってぇ……!」
「なにやってるのさ……!」
「ああ、玉ねぎ……拾って……その間に俺はマントの汚れを落とすから……」
「もうマント没収!」
「やめろよぉ、キャラがなくなっちゃうだろ!」
――すったもんだしていると、馬が走る音が聞こえた。
ああ、ほら、ぐずぐずしてたから見つかってしまったじゃないか。
「リゲル、ロイ、ここで何を?」
馬に乗って颯爽と現れたのは、銀髪のやさ男、シルヴァである。
彼はマントを脱がそうと引っ張るロイと、脱がされまいと抵抗する俺をまじまじと見て――俺の首根っこを掴んで馬上に引き上げた。
「うわぁああっ!? 馬鹿力ぁ!!」
「街を出るな、と言っているだろう、危険なんだぞ」
「いや、こんな街の近くに危険なんてあるわけないだろ! 子どもでもおつかいに来る距離だぞ!?」
「危険はいつでも予測できないものだ」
「いまが一番危険だよっ! 降ろせって! 俺、馬なんて……!」
ロイがぼそりと言う。
「別の意味で一番危険だな」
その言葉をどうとらえたのか、シルヴァはきれいな笑顔を浮かべたまま、視線をロイに移した。
「ロイ」
「アッ、はい」
「今日はピイとミイと、あっちの川の向こうで狩りの練習をしていたんだ」
「……はい」
「彼らといっしょに帰ってきなさい。今日ははじめてふたりが大物を獲った」
「あー……はい」
俺はすかさずつっこむ。
「大物ってナニ!? ええ!? 持って帰ってどうするんだ!?」
ロイはぽりぽりと頬を掻いたあと「今夜も食堂開くことになりそう」と言った。
「ええええ!? おい、なにやってくれてんのメイとピイ!? 俺、今夜は食堂で出す料理の試作をするつもりで……!」
――俺の抗議の声は、走り出した馬の蹄の音にかき消された。
俺はシルヴァに後ろから抱きしめられた状態で運ばれ、街に戻されてしまったのだった。




