第3話 俺、異世界で個人事業主になる!!
はじまりは、近所のおばちゃんのなにげない一言だった。
「リゲルもそろそろ仕事を決めないとねぇ?」
「え?」
仕事? 何の話?
週末の町内の掃除当番中、俺もおばちゃんも手に棒を持って、水路に溜まった葉を押し流す仕事を終えてひと息ついていた。
俺が尋ねるより先におばちゃんはしゃべりだす。
「あんたたち五人兄弟も成人だろう? ロイは上の学校に行くとして、リゲルは何の仕事をするのさ?」
「……え?」
「え、じゃないよ。仕事だよ、仕事。学校出たら働くもんだろう?」
――たしかにっ!?
『学校を出たら働く』
当たり前のことなのに、俺はすっかり忘れていた。
「……ナンニモカンガエテナイデス」
「ええ?」
おばちゃんは呆れ顔だ。
その顔に「大丈夫かこいつ」と書いてある。
うう、だって、だって……!
予定通りなら異世界転生チートで引く手あまたな就職活動をするはずだったんだ……!
世話焼きなおばちゃんはぽんと手を叩く。
「あたしの知り合いの親方に掛け合ってみようか? ミイとピイもいつまでもふらふらしてたんじゃあもったいないよ」
「ううー……ちょ、ちょっと考えます」
こっちの就職というのはだいたい3パターンだ。
1、成人になったことを役所に届けて畑と家をもらって農業に従事する。
2、親方に弟子入りしてやがて自分の店をもつ。
3、大学を卒業して官吏になる。
3は無理として……どっちが俺に向いているんだろう??
進路。
ああ進路。
前世でも頭を悩ませたこの問題が、今世でも俺を悩ますのか。
……って、俺は前世で何になりたかったんだっけ?
うーん、思い出せないぞ。
なんとなく、生物系の大学に行きたいってのはあった気がするけど……。
なにせもう18年も前の話だ。
ああ、もうそんなに経つのか……そりゃあいろいろ忘れるはずだ。
ちょうど掃除終了を告げられ、俺はとぼとぼと帰路につく。
ううーん、進路、進路。
考えながら歩いていたから、後ろからやって来た人物に気が付くのが遅れた。
「リゲル」
「わああ!」
振り返ると、そこにはシルヴァが立っていた。
彼は相変わらずとろけるような笑顔を浮かべている。
「リゲル、いま帰りか? 送って行こう」
「うん、ありがとう……」
「どうかしたのか?」
「いや、うーん……そうだ、シルヴァっていま冒険者をやってるんだよな?」
「そうだよ」
「どんな感じ? 俺にもできる?」
「冒険者になりたいの?」
「そりゃあ、なれるものならなりたいよ」
だって冒険者。
異世界に行ったらなりたい仕事ナンバーワンだ。
しかし、シルヴァは首を振った。
「リゲルには向いていない」
「なんでだよ。まだわからないじゃん」
「危険な依頼も多い」
「ちょっとだけ、ちょぉおおっとだけ体験してみたいんだけど、今度街を出るときついて行っちゃだめか?」
「だめだ」
取り付くしまもない。
ああ、俺の進路、どうしよう……。
シルヴァが首をかしげた。
「なぜいきなりそんなことを?」
「ん? ああ、さっき言われたんだよ。そろそろ何の仕事に就くか決めないとねーって」
「ああ……」
「ミイとピイもまだ仕事決めてないのにさー……あのふたりは学校の清掃の賃仕事ばっかやって、暇なときは山に戻っているし」
「あの子たちは……そもそも街で生きていくつもりがないのかもしれない……」
シルヴァは遠い目をした。
もしかしたら、冒険者として街を出たときに山をかけまわるふたりに出会ったのだろうか?
ミイはよく寝てよく育ち、ピイはよく食べよく育った。
その結果、フェンリルの姿に戻るともう父さんよりもでかい。
そうしてでかい体に体力を有り余らせているわけだ。
ちなみに、めちゃめちゃもふもふだ。
しばらくシルヴァと並んで歩いたあと、おもむろにシルヴァが口を開いた。
「てっきり、リゲルは食堂を開くものかと思っていた」
「おいおいおい、もしかして俺が好き好んで食堂を開いてると思ってる???」
だとしたら心外だ。
しかし俺の無言の抗議に目の前のドラゴンは気が付かない。
「でも、かなり評判がいいらしいじゃないか。特にしたい仕事がないなら、検討してもいいんじゃないか。街の中なら安全だし、なにより店を用意するのにシアンが協力してくれるかもしれない」
「……たしかに」
食堂を開くメリットは、えっと、親方に弟子入りしなくていいことか。
こっちの親方はなんというかパワハラタイプが多い。現代っ子の俺が耐えられるか不安だったが、食堂を開けばその心配はなくなる。
デメリットは……あれ、ない???
……けっこうアリか??
「俺の料理、金とれる??」
「いま実際にとっているじゃないか」
「シルヴァもおいしいと思ってる??」
「……」
返事がない。
おいおい。そこはお世辞でも褒めてくれよ。この正直者め。
「……そういえば、父さんも母さんもだけど、シルヴァも俺たちが店を出しても食べてくれないよな」
彼は苦虫をかみつぶしたような顔で答える。
「我々は、少し、胃が弱いから」
「胃が? ああ、そういえばいっつも父さんが腹が痛いっていってるけど……シルヴァもなんだ?」
「人間の街で暮らすようになってから、そうなった。人型に長く化けている弊害かもしれない」
「ほーん……」
そんなもんなのか。
俺は生まれも育ちも人間だからわからないが、彼らなりに苦悩があるのだろう。
シルヴァは改まって言う。
「話を戻すが、食堂を出すっていうのはいい考えだと思う。どうだろう? 食材ならまたとってこよう」
「食材……」
贈りつけられ物が、役に立つ。
なんなら、仕入れの肉が0円。
……これは、大儲けの予感だぞ。いや、店が軌道に乗ったらシルヴァには相応の対価を払うとして。
「うん、いいかも。食堂。やってみようかな」
「いいんじゃないか」
うんうん、考えれば考えるほど、いいことだらけだ。
俺には農業はできないし、親方のパワハラに耐えられる気もしない。
それならいっそ、自由に個人事業だ!
異世界で社長になりました! いいぞ!
そうだ、ただの食堂じゃつまらないし、いっそ、日本の料理専門の食堂にして、それからテイクアウトも出して……。
ああ、あの料理、あれならこっちの世界の人たちにも喜んでもらえるかも。
俺、天才か??
よし、そうと決まれば、久しぶりに、俺のスキル【天眼】の出番だな!!




