第2話 俺も立派な大人なので!
「つっかれたー……」
夜もどっぷり更けた頃、ようやく後片付けまで終わり、俺は庭に仮設置し客用の卓につっぷした。
うう、近所のおばちゃんたちときたら、食べ放題だと長居するんだから、もう……!
次からは時間制限が必要か? いや、でもそこまでするのもなぁ……。
俺がぶちぶちと文句を言っていると、そこに同じく片づけを終えたらしいロイがやってきた。
「おつかれ」
「ロイ~。おつかれ~」
「僕は全然」
ロイは肩をすくめて隣に座りながら言う。
「今日も大繁盛だったね。次はいつ開店するんだっていっぱい訊かれたよ」
「次がないことを祈ってくれよー……ったくシルヴァのやつ~……」
「最近、なんだか”贈りつけられ物”増えたよね」
「やっぱりそうだよな!? ついこないだあのバカでかい鹿をなんとか食べきったっていうのにさ~。信じられるか? シアンさん曰く、これでシルヴァは狩りが苦手らしいんだぜ? ぜったい嘘だろ。そろそろ冒険者ランクSにあがるっていうんだぜ??」
「それは、ほら、愛の力かもね」
「愛ぃ~??」
なんじゃそりゃ。
シルヴァはそんなに狩りが好きなのか??
「それよりさ、次にもし店を開くことがあったら、時間制限ありにするか、あ、そうだ! テイクアウトにしないか?」
「テイクアウト?」
「持ち帰ってもらうってこと」
「ああ……露店みたいにするってこと?」
「そういうこと」
「それだと洗い物が出なくていいね」
「だろ??」
うんうん。
俺は剣も勉強もからっきしだったが、ビジネスの才能はあるかもしれない。
これで末は億万長者だ!
なはははは!!!
まだ見ぬビジネスに目を輝かせていたら、ひょこりとサイが顔をだした。
「母さんがさっさと風呂入れだって」
「ほーい」
3人で連れ立って家に入る。
ああ、そういえば。
「宿題やったか?」
「俺はやったー」
「僕も」
まじかよ。裏切者どもめ。
「いつやる時間があったんだ!?」
ロイは平然と答える。
「休み時間に」
「……ロイ、頼む、写させて」
「ええ……?」
「俺のは? いいぜ? 写させてやっても?」
「サイの宿題はどうせ間違ってるだろ」
ロイは肩をすくめた。
「別にいいけど、宿題って自分でやることに意味があるんだよ?」
「わーってるよ」
……信じられないことに、俺たち5人兄弟の中で、ロイが一番成績優秀だった。
こちらでは14歳までの子どもは全員学校に行くことになっている。そして成績優秀者だけが上の学校――日本でいうところの高校――に進学できる。
天才児として強い自覚をもっていた俺は14歳のときにこの推薦状をもらい、無事に上の学校に進めた。次に推薦状をもらえたらいよいよ大学進学なのだが……。
――十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人。
このことわざ通り、俺の人生二周目チート(勉強面)は18歳にして尽きてしまっていた。くそ、こんなはずでは!
大学を卒業したらいわゆる公務員、こちらでいうところの官吏ってやつになれる。
うう、俺も官吏になって大臣とか宰相とかになって国の未来を左右したかった……!
ちなみに、その大学進学のための推薦状だが、俺たち5人兄弟の中でロイだけはもらえそうだ。
俺、人生二周目なのに、一周目に負けるってどういうことだ??
いや、こっちの勉強は日本のものとは違うんだから、仕方ない。うん。そういうことにしておこう。
ちなみにミイとピイは14歳までの学校でやめて、進学していなかったりする。
ああ、俺の大臣ルートの夢はいずこへ……。
なーんて考えながら居間にはいると、そこには見覚えのある銀髪がいた。
俺はくわっと目を見開いた。
「シルヴァー!!」
怒鳴られたというのに、当の本人は花が開くように笑う。
「リゲル!」
「リゲル、じゃなーい!!」
シルヴァに駆け寄り、その肩をつかんで激しくシェイクした。
この18年間まったく歳をとっていない男は、きょとんとした顔で見返してくる。
「熊だよ、熊!」
「よろこんでもらえただろうか?」
「よろこぶもなにも!!」
「なにも?」
俺がよろこんでいることを期待する、くもりなきまなこがそこにあった。
俺は「うぅっ……」とうめいた。
この純真無垢な目にいつもやられている気がする。
が、頑張れ、俺。今日こそ言うんだ。
「も、もういらないよ」
「君のために何かしたいんだ」
「なんだってそんなに……? 俺、シルヴァにそこまでしてもらう理由ないよ」
「それは」
「それは?」
「まだ、言えない……。そういう約束なんだ」
「はあ?」
シルヴァはちらと、居間にいる母さんと父さんに視線を送る。
母さんと父さんは複雑そうな、生暖かいような目を返す。
……おいおい、なんだっていうんだ。
大人の事情ってやつか? 俺、もう18だけど???
父さんが咳ばらいをして話題を変える。
「それより、ピイとミイはどこだ?」
「ああ、あのふたりは憲兵のところ」
「憲兵?」
「もう、聞いてくれよ! 無銭飲食の客がいてさぁ! ミイとピイで憲兵に突き出しに行ったんだ。そいつ、てこでも払わないっていうんだ。こっちが子どもだと思ってなめやがって……!」
思い出しただけで腹が立ってきた!
怒りのボルテージ上がりまくりの俺を見かねて、ロイがなだめてくれる。
「……まあまあ。客が増えたら、それだけ変な人も入ってくるようになるよ」
母さんは仰天していた。
「なんだって? なんでそんなことになってるってのに子どもたちだけで対処しようとしてるんだい……!」
「母さん、俺たち、もう18だよ! 大人だ!」
肩をつかまれる。
振り返ると、ものっっっすごい笑顔のシルヴァがいた。なに、怖い。
「リゲル」
「アッ、ハイ? ナンデショウ」
「次は、もっといい獲物をしとめてくる」
「いや、もういいって!!」
言うが、引き留める間もなく、シルヴァは窓からひらりと外に飛び出した。
母さんが叫ぶ。
「ちょいと! シルヴァ、あんた夕飯は!? 食べたのかい?」
「ありがとう、でもいりません」
彼の後姿はあっという間に遠くなってしまった。
残された俺は、ぽつりと言った。
「……シルヴァって何考えてるのかよくわからないよな。なんだっていうんだよ」
ロイがまた言う。
「番だからだろ」
「ツガイ?」
青森県北部……それはツガル。
みんなで集まろう……それはツドイ。
うう、心苦しい……それはツライ。
ポクポクポク、チーン。
はい、俺の脳内にその言葉、ありません!
そういえばいつだったか母さんたちもそんな単語を使っていたような??
「ツガイってなに?」
俺は正直に尋ねた。知らぬは一生の恥、尋ねるはなんちゃらっていうもんな!
ところが、ロイは口をつぐむ。
「……なんでもない」
「なんだよ、教えろよー!!」
「おこちゃまには教えない」
「誰がおこちゃまだ! 何回も言うけど! 俺が長男なんだからな!!」
俺がロイの肩を掴んで揺らしていると、母さんが口を開いた。
「ああもう! さっさと風呂入りな! 片付かないだろう!」
まさに鶴の一声。
俺たちは大慌てで風呂場に駆け込んだ。
翌日。
無銭飲食で憲兵に突き出されていた男は朝早くに釈放されたらしい。
一応罰金を払ったとかなんとか。罰金が払えるなら俺たちに払えよな!
と、ぷりぷりしていたら、午後になるとまた別の話が舞い込んできた。
――釈放された男がひとけのない場所を歩いていたら、ドラゴンを見た、らしい。
おまけに、そのドラゴンに追いかけまわされ、見つかったときはボロボロだったとか、なんとか。
俺は顔をひきつらせた。
「ドラゴンって、けっこういるんだな」
ロイが冷静に言う。
「この街でドラゴンはシルヴァさんとシアンさんだけだよ」
「……なんだって、シルヴァが迷惑客をとっちめに行ってるんだ?」
ロイは盛大にため息をついて、それから俺の額をはたいた。
「……番だからだよ! このにぶちん!」
だからそのツガイってのは、いったいなんなんだよー!?」




