第1話 俺の日常がハードモードすぎる件
聞いてくれ、リゲル。
何かに呼ばれている気がして、怪我している体を引きずっていったら、そこに君がいたんだ。
君はまだ赤ん坊で、ひとり道端に取り残されていて、ああどうしようって思っていたら、運よく近くに住んでいる夫婦が子どもを生んだばかりだったことを思い出したんだ。
それで、君を夫婦のもとに届けて助けることができたと思ったら、今度は人攫いが来て君を連れて行こうしたんだよ。
ほんとうに驚いたよ。リゲル、そのとき君は勇敢に戦ったんだ。覚えているか? 人攫いをやっつけたんだ。
でも、私の心はそれからずっとぐちゃぐちゃなんだ。
あのとき、人攫いと戦ったお前の後頭部に大きなタンコブができていて、それが原因で二日も寝込んだんだ。
君の苦しそうな顔がずっと忘れられない。
ねえリゲル。
あのとき守れなかった”埋め合わせ”をしたいんだ。
わかるだろう?
*
だからといってこれはどうなんだ!?
俺は家の台所でものすごい速さで料理をしていた。切り、焼き、盛る。仕事は無限にある。
「こっち焼けたよ~!」
「皿まだある!?」
キッズたち――と呼ぶにはもうだいぶ大人になった兄弟たち――もばたばたと走り回っている。ちなみに全員二本足、人間の姿だ。
異世界転生して早18年目。
異世界暮らしも慣れたものだ。
フェンリルキッズたちもすっかり人間に化けるのが板についた。
学校に行ったり、親の仕事を手伝ったり、兄弟たちとワンプロしたり、俺たちは楽しく暮らしている。
ちなみに天才児うんぬんの期待を俺は俺にかけていたが、生まれ変わったからといって頭のできが良くなるわけではないらしく、学校ではつつましい成績を修めている。
剣もからっきしだった。
うーん、平凡。
しかし、毎日楽しい。
今日も今日とて、俺は楽しく兄弟たちと学校から帰宅している途中だった。
鞄をぶつけあいながら歩き、途中でサイが「最後に家に着いたやつが庭掃除な!」と言って駆け出した。
「ずるいぞ!」
と叫びながら追いかけたが、サイの背中はどんどん遠ざかる。
後を追うピイ、メイ、ロイもどんどん俺を追い抜かす。
ああ、こりゃ今日も皿洗いか。くっそぅ、キッズたちめ、どんどん足が速くなるな。
な~んて思いながら角を曲がったら、家の前で立ち止まっている4人の背中が見えた。
「どうした?」
4人の見つめる先を見ると、そこには異様なものがでででーんと鎮座していた。
贈り物。
と呼んでいるのは送り主だけで、俺たちは贈りつけられ物と呼んでいる。
「今回は熊かぁ」
「でっかぁ……」
「熊ってうまいのか?」
「いやぁ……問題はそこでは……」
順にサイ、ミイ、ピイ、ロイの感想だ。
そう。
家の前には、仕留められたでっかい熊が鎮座していた。
通りすがりの近所の人たちも、思わず二度見している。
しかし、近所の人たちも慣れたもので、「ああまたリゲルへの贈り物ね」と笑い出す。
「ほんと、好い人がいるのねぇ、リゲル?」
「おすそ分け楽しみにしてるわ~」
そんな野次馬に愛想笑いを返しながら、恐る恐る熊に近づくと、メッセージカードがついていた。
『夏バテしないように。しっかり食べること。 シルヴァ』
俺は頭を掻きむしった。
「ああああ!!! シルヴァー!!! お前ってやつはあああ!! もういいって言ってるだろー!!!」
叫ぶが、聞く人はいない。
ああ、もう!
シルヴァ曰く、これが昔俺を危険な目に合わせたことへの”埋め合わせ”らしいのだが……。
……俺が怪我したのは俺のせいなのに、なんでシルヴァが埋め合わせをするんだ??
これは俺もずっと疑問なのだが、何度尋ねても答えてくれない。
く……。シルヴァめ、今度という今度は絶対にとっちめてやる……!
それはそうとして、いまは目の前の食品ロスを回避しなくては……!
俺は腹を括って兄弟たちを振り返った。
「お前たち!!」
拳を突き上げる。
「捌いて焼くぞ!! 腐る前に!!!」
季節は夏。こちらの世界に冷蔵庫なんて便利なものは存在しない。猶予は、一刻もないのだ。
兄弟たちは慣れた様子で苦笑していた。
――これが、今日俺たち5人が台所でてんやわんやしているいきさつである。
「ソースまだあるか!?」
「リゲル~、油がもうないかも」
「倉庫にある!」
「皿足りる?」
「こっちにあるよ」
兄弟たちも手慣れたもので、勝手に動いて勝手にうまいことやってくれる。
なんといってもこのシルヴァにより贈りつけられ物、月に二度、多いときは三度は届く。
あるときは豚、あるときは鶏……それくらいならかわいいもので、近ごろは牛だの熊だの、一般家庭で処理しきれないものばかりだ。
それを見よう見まねで捌き、なんとか肉にしてくれる兄弟たち。
ああ、頼もしい……! フェンリルの手は借りたら最高だ。
表を見に行っていたピイが戻って来て言う。
「お客さん集まってきてる。そろそろ開ける?」
「いや、待って、もうちょっと……!」
「何人くらい?」
「いっぱい!!」
お客、というのは近所の方々である。
俺たちの贈りつけられ物の消費方法はひとつだ。
庭で立食パーティーを開いて熊料理を提供するのである。入場料一律10ペル。破格。
食品ロスを防げて、おまけに俺たちのお小遣いにもなる。
我ながらビジネスの才能があるかも??
しかも、これがなかなか評判がいい。
最初は近所の方々だけを呼んでこじんまりとした集まりだったが、いまでは人から人へと評判が広がり、遠くからわざわざ食べに来てくれる人もいるくらいだ。
店主の思い付きで開く幻の店だなんてかっこいい噂も立っているとか。
「お品書きをつくらないか?」
気が回りすぎるロイがそんなことを言いだす。
「おしながきぃ?? なんで??」
「だって、また客がいっぱい来るだろ。それがあれば楽だ」
「いらない、いらない。今日もいつも通りのビュッフェスタイルだよ。取り放題」
「いつも取り放題をやって、毎回質問が来るんだよ、この料理の名前はなんですか~って。俺たち忙しいんだから、あらかじめ書いておけよ」
「んー……」
ロイが言わんとすることはわかった。
そう、俺が作る料理の大半は日本で作り方を習った料理で、こちらにはないものなのだ。
こちらの世界の料理はたっぷりの香辛料を使っていて美味しい。
しかし、純日本人の俺としては続くとしんどい。
ということで、気分転換、いわゆる味変ってものとして日本の料理を作ったのだが、それがなぜか好評で、調子に乗って作りまくっていた。
「確かに……じゃあ、特別な料理にだけメニューをつけておくか……」
・熊のカツ
・熊のすき焼き
・熊の生姜焼き
こんなもんか。
うーん。庶民のランナップだな。
これをビュッフェスタイルで提供するのだから、違和感ありまくりだ。
ピイの声が響く。
「お客さん入れるよー!」
俺たちは元気よく声をあげた。
「いらっしゃいませー」
ああ、今日も大忙しになるぞ……!!
タイムアタック・ハードモードだ!




