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第12章 開門

水無月六日、晴れ。夜明けの鐘の少し前、アッカは北門の内側の石畳に立って、息子が荷を背負うのを見ていた。


荷は小さかった。毛布と、黒パンと、干し肉と、水袋。底に、二つに折った紙が一枚入っている。トゥルは字が読めない。アッカも読めない。読める者に読んでもらうことも、しなかった。


紙が届いたのは、昨日の夜の遅い刻だった。裁き方の使いの人間が、谷の入口まで下りてきて、長老に渡した。長老がそれを、アッカの家まで持ってきた。


アッカは紙を受け取って、指で撫でた。洗濯女の指は、布の目を読む。紙の目は、布より細かい。墨の匂いがした。濃くて、少し苦い匂いだった。書いた人の手の匂いも、かすかにした。字を書くことだけに使う手の匂いだった。


何が書いてあるのか、アッカには分からなかった。分からないまま、紙を二つに折り直して、息子の荷の底に入れた。


それから、もう一つ入れた。夫の使っていた、古い襟巻きだ。洗い物で薄くなった布だった。北は冷える、と谷の年寄りは言う。


トゥルは、母が何を入れたかを見ていた。何も言わなかった。


ミルが、兄の尻尾をつかんでいた。夜中から、ずっとつかんでいた。寝ているあいだも、放さなかった。


「ミル」とトゥルが言った。「それは、置いていけない」


「知ってる」とミルは言った。それでも、放さなかった。


*


北門の前には、組合の老人が来ていた。杖をつき、肩に小さな荷を担いでいる。門番の隊の男が二人、槍を立てて、あくびをこらえていた。


門番の一人が、トゥルの荷を検めた。毛布を持ち上げ、黒パンを押し、底の紙を取り出した。


男は紙を広げ、眉を寄せて、じっと見た。


「上下が逆だ」と組合の老人が言った。


男は紙をひっくり返した。それから、もう一度眉を寄せた。読めたのかどうかは、分からなかった。男は紙を畳み、荷の底に戻した。


「行ってよし」と男は言った。トゥルの顔は、一度も見なかった。見ても、見分けはつかないのだろう。紙と荷を見て、男の仕事は終わった。


*


東の空が、白くなっていった。


北門の扉の隙間から、外の匂いが入ってくる。濡れた草の匂いだ。昨日の雨が、荒れ野の草に残っている。赤い棘草の、青臭い匂いも混じっていた。アッカは、その匂いを嗅いだことがなかった。壁の外へ出たことが、一度もなかった。


朝六つの鐘が鳴った。


一打、二打。数える前に、扉が動いた。重い蝶番が軋み、扉が外へ開いていく。光が石畳を這って、アッカの足元まで来た。


トゥルは、ミルの手を尻尾から一本ずつ外した。ミルは泣かなかった。泣かないで、兄の顔を見上げていた。


トゥルは、母を見た。


アッカは、何も言わなかった。訊かなかったことも、知っていることも、言わなかった。言えば、息子は答えなければならない。答えれば、北へ行く足が、少しだけ重くなる。


トゥルも、何も言わなかった。


息子は門を出た。組合の老人が、そのあとに続いた。荒れ野の道を、二つの影が北へ遠ざかっていく。


トゥルは振り返らなかった。


*


同じ朝の、同じ鐘で、南門も開いたはずだった。


風に乗って、遠くの蝶番の音が聞こえた気がした。南門は、北門より大きい。軋む音も、少し低い。


鍵番の男が、あの門から出されたのだと、アッカは谷の噂で知っていた。どんな顔の男かは、知らない。洗濯場で、汗の匂いのする下着を何度か洗ったことがあるかもしれない。それだけだ。


南門の外には、誰もいない、と谷の年寄りは言う。北門の外には、村があって、砦がある。


アッカは、南のほうを見なかった。見ても、何も見えない。


*


アッカは、ミルの手を引いて谷へ戻った。


窪地の底の家々から、朝の煙が上がっていた。獣脂の灯を消した匂いと、竈に火を入れた匂いが、いつものように混じっている。今日も、昨日と同じ谷の朝だった。


ミルを隣の家に預けて、アッカは上町へ上った。ザイデル館の洗濯場へ。


桶に水を張った。朝の水は冷たかった。手を入れると、指の骨まで冷えた。いつもと同じ冷たさだった。


隣の桶で、土竜人の婆さんが敷布を揉んでいた。婆さんは、何も訊かなかった。アッカの手の甲を、濡れた指で一度だけ叩いた。


アッカは布を揉みながら、長老の歌の続きを、口の中で一度だけ歌った。誰にも聞こえない声で。続きを、アッカは母から聞いて知っていた。


桶の水の面に、灰色の泡が浮いて、流れていった。


アッカは、庇護の側に残った。息子は、自由の側へ歩いていった。どちらも、訊かれなかった。


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