第11章 送り状
水無月五日、雨上がり。昼の鐘が鳴りやむと、裁き役コンラートは、裁き方の間で裁きを言い渡した。
ゲオルクは帳面に書いた。コンラートの言葉を、言われた順に。
偽りを申した鍵番ルッツは、南の門から出す。
館にいた亜人、灰色一名、鴉一名は、北の門から出し、北の砦へ送る。灰色は、谷の申し出により、トゥル。
館の書類のことは、裁かない。
ザイデル家は、谷の証文を改めない。
ルッツは、南の門と聞いたとき、口を開けた。それから閉じた。言い訳は、出てこなかった。長い言い訳を全部、昨日のうちに使ってしまったのだろう。鍵束だけが、腰で一度鳴った。
当主は、何も言わなかった。指輪は、今日は回っていなかった。
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ゲオルクは知っていた。南の門の外には、誰もいない。南街道を行けば、川筋の町がある。だが、壁の街から出された者を迎える者は、いない。
北の門の外には、村がある。村の先に、砦がある。出された者を迎える者がいる。
偽った者は南へ。関わっただけの者は北へ。コンラートがそう分けた理由を、ゲオルクは訊かなかった。訊かなくても、帳面を読めば分かることだった。
谷の者は、北へ出されることを、出されるとは思っていないかもしれない。ゲオルクはふと、そう思った。思ったが、書かなかった。
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夕方、ゲオルクは裁き方の部屋で、正本の清書にかかった。
帳面を左に開き、新しい紙を右に置く。帳面の線を引いた字は、写さない。言われたことのうち、確かに決まったことだけを、決まった言い回しで写す。それが正本だ。
墨をすった。今日は湿っていて、墨の匂いが部屋の低いところに溜まった。
筆を下ろす前に、ゲオルクは一度だけ考えた。
『書類一通』と書いたあと、ゲオルクはそこで筆を止めた。何の書類か。誰も言わなかった。当主は言わず、裁き役は訊かず、鍵番は知らず、修道女は存じませんと言い、灰狼は訊かれなかった。
書けば、誰かが、いつか訊く。何の書類だったのか、と。
ゲオルクは、括弧を開いた。
『(委細を記さず)』
書き終えて、筆を上げた。誰も、何も言わなかった。部屋には、ゲオルクしかいなかった。
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清書は、こうなった。
『灰壁暦二一二年 水無月五日 裁き役コンラート
一、上町ザイデル家の館にて、書類一通(委細を記さず)失せる。
一、鍵番ルッツ、灰色の者が文箱より紙を抱えて出たと申す。偽りなり。偽りを申した者、南の門より出す。
一、館にありし亜人、灰色一名、鴉一名。北の門より出し、北の砦へ送る。誰を出すかは谷に任す。
一、人の申すのみをもって、亜人の種を定めず。偽りを言えぬ者の申すをもって定む。
一、亜人の申すことは、人を裁く帳面に載せず。
一、ザイデル家、谷の証文を改めず。
右、以後の例とす。 書記ゲオルク』
字の終わりが、どれも小さく跳ねていた。
コンラートが来て、正本に目を通した。一行ずつ、太い指でたどった。括弧のところで、指が一度止まった。止まって、また進んだ。
「綴じろ」とコンラートは言った。
ゲオルクは正本を綴りの第一冊に重ね、麻の紐を通した。コンラートが綴じ目に割り印を押した。朱の印が、紙と紙にまたがって、半分ずつ残った。
「右、以後の例とす、か」とコンラートは言った。「書いておけ、と言う前に、書いてあったな」
それが、裁き役の褒め言葉だった。
*
夜、ゲオルクは家で、もう一枚書いた。北の村への送り状だ。灰狼の若者の荷に入れて、北の村で砦の者に渡す。
娘のリーゼルが、卓の向こうから手元を覗いていた。
『灰壁暦二一二年
この者らを、北の砦へ。
灰色一名、鴉一名。北の村にて砦の者に渡す。
水無月五日 裁き方 書記ゲオルク』
ゲオルクは、二行目を止まらずに書き終えた。この者らを、北の砦へ。理由は、どこにも書かなかった。送り状に、理由は要らない。
「父さんの字、終わりが跳ねてる」とリーゼルが言った。
「そうか」
「全部だよ。この者ら、の、ら、も。砦、も。へ、なんて、飛んでいきそう」
リーゼルは自分の石板を出して、『北』の字を真似た。終わりで勢いよく跳ねた石筆が、石板の縁からはみ出して、卓の上に白い線を引いた。
「はみ出した」とリーゼルは言った。
「はみ出したな」
リーゼルは石板を拭いて、もう一度書いた。今度は、終わりで手を止めた。息まで止めて、それから石筆を離した。
「わたしは、終わりで息を止めて書いてみる。そのほうが、字が逃げない」
ゲオルクは何も言わなかった。娘の『北』は、終わりで止まっていた。どこへも飛んでいかない字だった。
*
夜の墨は、昼の墨より匂いが濃い。雨上がりの屋根から、水がまだ落ちていた。軒の下で、一滴ずつ、石を叩いた。
ゲオルクは送り状を二つに折った。使いの者が来て、それを谷へ持っていった。
戸が閉まってから、ゲオルクは気づいた。『へ』の終わりも、やはり跳ねていた。




