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第11章 送り状

水無月五日、雨上がり。昼の鐘が鳴りやむと、裁き役コンラートは、裁き方の間で裁きを言い渡した。


ゲオルクは帳面に書いた。コンラートの言葉を、言われた順に。


偽りを申した鍵番ルッツは、南の門から出す。


館にいた亜人、灰色一名、鴉一名は、北の門から出し、北の砦へ送る。灰色は、谷の申し出により、トゥル。


館の書類のことは、裁かない。


ザイデル家は、谷の証文を改めない。


ルッツは、南の門と聞いたとき、口を開けた。それから閉じた。言い訳は、出てこなかった。長い言い訳を全部、昨日のうちに使ってしまったのだろう。鍵束だけが、腰で一度鳴った。


当主は、何も言わなかった。指輪は、今日は回っていなかった。


*


ゲオルクは知っていた。南の門の外には、誰もいない。南街道を行けば、川筋の町がある。だが、壁の街から出された者を迎える者は、いない。


北の門の外には、村がある。村の先に、砦がある。出された者を迎える者がいる。


偽った者は南へ。関わっただけの者は北へ。コンラートがそう分けた理由を、ゲオルクは訊かなかった。訊かなくても、帳面を読めば分かることだった。


谷の者は、北へ出されることを、出されるとは思っていないかもしれない。ゲオルクはふと、そう思った。思ったが、書かなかった。


*


夕方、ゲオルクは裁き方の部屋で、正本の清書にかかった。


帳面を左に開き、新しい紙を右に置く。帳面の線を引いた字は、写さない。言われたことのうち、確かに決まったことだけを、決まった言い回しで写す。それが正本だ。


墨をすった。今日は湿っていて、墨の匂いが部屋の低いところに溜まった。


筆を下ろす前に、ゲオルクは一度だけ考えた。


『書類一通』と書いたあと、ゲオルクはそこで筆を止めた。何の書類か。誰も言わなかった。当主は言わず、裁き役は訊かず、鍵番は知らず、修道女は存じませんと言い、灰狼は訊かれなかった。


書けば、誰かが、いつか訊く。何の書類だったのか、と。


ゲオルクは、括弧を開いた。


『(委細を記さず)』


書き終えて、筆を上げた。誰も、何も言わなかった。部屋には、ゲオルクしかいなかった。


*


清書は、こうなった。


『灰壁暦二一二年 水無月五日 裁き役コンラート

一、上町ザイデル家の館にて、書類一通(委細を記さず)失せる。

一、鍵番ルッツ、灰色の者が文箱より紙を抱えて出たと申す。偽りなり。偽りを申した者、南の門より出す。

一、館にありし亜人、灰色一名、鴉一名。北の門より出し、北の砦へ送る。誰を出すかは谷に任す。

一、人の申すのみをもって、亜人の種を定めず。偽りを言えぬ者の申すをもって定む。

一、亜人の申すことは、人を裁く帳面に載せず。

一、ザイデル家、谷の証文を改めず。

右、以後の例とす。 書記ゲオルク』


字の終わりが、どれも小さく跳ねていた。


コンラートが来て、正本に目を通した。一行ずつ、太い指でたどった。括弧のところで、指が一度止まった。止まって、また進んだ。


「綴じろ」とコンラートは言った。


ゲオルクは正本を綴りの第一冊に重ね、麻の紐を通した。コンラートが綴じ目に割り印を押した。朱の印が、紙と紙にまたがって、半分ずつ残った。


「右、以後の例とす、か」とコンラートは言った。「書いておけ、と言う前に、書いてあったな」


それが、裁き役の褒め言葉だった。


*


夜、ゲオルクは家で、もう一枚書いた。北の村への送り状だ。灰狼の若者の荷に入れて、北の村で砦の者に渡す。


娘のリーゼルが、卓の向こうから手元を覗いていた。


『灰壁暦二一二年

この者らを、北の砦へ。

灰色一名、鴉一名。北の村にて砦の者に渡す。

水無月五日 裁き方 書記ゲオルク』


ゲオルクは、二行目を止まらずに書き終えた。この者らを、北の砦へ。理由は、どこにも書かなかった。送り状に、理由は要らない。


「父さんの字、終わりが跳ねてる」とリーゼルが言った。


「そうか」


「全部だよ。この者ら、の、ら、も。砦、も。へ、なんて、飛んでいきそう」


リーゼルは自分の石板を出して、『北』の字を真似た。終わりで勢いよく跳ねた石筆が、石板の縁からはみ出して、卓の上に白い線を引いた。


「はみ出した」とリーゼルは言った。


「はみ出したな」


リーゼルは石板を拭いて、もう一度書いた。今度は、終わりで手を止めた。息まで止めて、それから石筆を離した。


「わたしは、終わりで息を止めて書いてみる。そのほうが、字が逃げない」


ゲオルクは何も言わなかった。娘の『北』は、終わりで止まっていた。どこへも飛んでいかない字だった。


*


夜の墨は、昼の墨より匂いが濃い。雨上がりの屋根から、水がまだ落ちていた。軒の下で、一滴ずつ、石を叩いた。


ゲオルクは送り状を二つに折った。使いの者が来て、それを谷へ持っていった。


戸が閉まってから、ゲオルクは気づいた。『へ』の終わりも、やはり跳ねていた。


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