4-3:悪鬼の中に潜む者 僕は剣士でも武士でも無い。現代に生きる魔術師だ。
先手は僕が頂く事にした。
相手は戦上手という一芸で神様にまで上り詰めた人。受け手に回っても苦戦するだけなのは分かりきっている。それなら、せめて最初ぐらいは気分よく斬り込みたい。
足元は石畳。全力で踏み込めば罅割れぐらいは起こりそうだけど・・・所詮ここは正成公が作った夢の世界、見かけは神社の境内だけど遠慮なく壊しても問題は無い。
一度大きく息を吐き、意識を集中させる。
そして吹き込まれた経験が訴えるまま、全力で石畳みを蹴り出し距離を詰める。
完全な英霊となった正成公にはほとんどの魔術は通じない。英霊とは『そういった物』だと聞いている。だから僕は自分を作り替えてまで手に入れた『強さ』に全てをかけるしかない。
様子見程度の意味しかない初撃だが、限界まで速く鋭い一撃で戦いの幕を開ける事にする。
音を置き去りにしたような速度で距離を詰める。踏み込むというより、まるで飛び落ちるかのように。
極度の集中で視界が狭まる。正成公の動きの一切を漏らさぬように、ただひたすらに集中する。
英霊の鎧がどの程度の防御性能かは知らない。だが少なくとも先ほどまでの朱天より柔らかいはずもない。だからこそ初手の一撃は最速の突き。刀で出せる最高の破壊力を一点に込める。
正成公は静観の構え。こちらは加速し距離は着実に縮まっているが、それでも動く気配は無い。
恐らく胸を貸しているような気分なのだろう、あちらは。実力差から言えば仕方ない事ではある。少し釈然としない気分ではあるがチャンスはチャンス。最後の一歩を踏み込む際に、刀を少し上向きにし、抉り込むようにして正成公の喉を狙う。
踏み込んだ右足の下で石畳が砕け散るのが分かった。
全身を捻り、全ての運動エネルギーを右手の刃に注ぎ込む。全ての力をこの一刀に。
これ以上ない完成度での一撃が放たれた。
響き渡る金属同士の衝突音。
僕の最高の一撃は正成公の刀に事も無げに払い落とされた。
加速の方向を急激に曲げられ、僕は石畳の上に転がされる。その勢いのまま受け身を取り、急いで立ち上がった。初撃が入るとは思っていなかったけど・・・
「おぉ、なかなか凄かったの。生前の儂だったら為す術もなくやられておったわ。やりおるのぅ、魔術師殿」
分かってはいたが余裕綽綽の態度が癇に障る。だが僕だって無策に我武者羅に攻めるつもりはない。勝ち筋だって・・・無いわけでは無い。
「それからのぅ、分かっておるかも知れんが、儂の領域では刀が異様に斬れるようになるインチキ魔術は真面に発動せんぞ。力の無駄だから止めといた方がええ」
「・・・・・・」
そんな事だろうとは思っていた・・・けど、魔術の効果を「刀の斬れ味強化」と勘違いしてくれているのは有難い。
だから、ここでいらない事を話して感づかれる前に再度攻めに戻る。対話は必要ない。今はまず動く事が必要だ。
刃渡りが短い刀で打ち刀に対抗するには手数で勝負をかけるのが基本。もちろん、英霊相手に通じるかどうかは分からないけど、試してみる価値はある。
それに、まだ向こうは僕を舐めている。今ならばチャンスがあるかも知れない。
一息に踏み込み、一気に蜘蛛の刀の間合いまで接近する。
正成公は今回もまた静観の構え。距離を置く素振りさえ見せず、僕の接近を許した。
初手は先ほどと同じく突き。腕の力を中心に、あまり体重もかけない牽制の一撃。
胸のど真ん中を狙ったその一撃は何処からともなく現れた打ち刀の一撃で弾かれる。
だが、それは当然予想済み。これは先ほども確認したばかりのやり取りだ。
続いて弾かれた勢いを活かしての振り下ろし。
まずは少しでも正成公を傷付ける事が目的。そうすれば僕の魔術が本当に無効化されているかを確認する事が出来るから。
先の一撃を打ち刀で弾いたばかり、僕の振り下ろしを刀で防ぐ事は間に合わないはず。僕の刀は吸い込まれるように正成公の左腕を
そう思った刹那。
正成公は体勢を入れ替え、僕の刀を鎧の袖で受け流した。鎧袖の表面を切り裂く事は出来たものの、中身には全く届いていない。
つまり、切断効果の大部分が封じられている。朱天の状態だったとは言え、先程までは鎧の金属部分でも問題無く切断出来ていた。それが受け流されているのだから。
そして、刀を受け流された隙を突き、正成公は肩を突き出した姿勢のままチャージを仕掛けてきた。鎧姿の見た目に反して、現代的な、まるでアメフト選手のような綺麗なフォームでの突撃。回避動作から続けて出したとは思えない程の鋭さ。・・・近代知識で戦法のアップデートとかやめてよね、本当に。
当然、今の僕のスペックでも正面から受ける事は出来ない。横にスライドする事でギリギリやり過ごす。
だが、このまま距離を空けてしまえば僕に攻撃の手段は無い。その位置から続けて蜘蛛の刀を振るい攻撃を続けていく。今度の狙いは右腕。近場にある正成公の利き手を狙って動く。
直線的な刀の軌道では防げないはずの側面からの攻撃、だが正成公は難なく弾き続ける。
正直、今の僕でも正成公の刀の動きが全て見えているわけでは無い。はっきり言ってしまえば防御に至る過程が見えていない。それこそ因果を歪めて「刀で防御した」という結果だけが導かれているかのようだ。
こんな状態では「刀で攻めて勝つ方法」を想像する事さえ出来ない。でも、まぁ、今はそれで別に良い。あくまで僕は魔術師なのだから。刀の扱いに拘る必要も・・・さほど無い。
弾かれる事を承知で角度を変えつつ何度も切り結ぶ。
肩・腕・足・胴・首と何度も何度も小ぶりの刀の利点を活かして攻め立てる。
正成公は自分からは積極的に攻めて来てはいない。それがこちらの攻めに防戦一方な状態なのか、はたまた遊びがすぐに終わらないように自省しているだけなのかは・・・まぁ、後者だろうね、そりゃ。
互いの刃が衝突する轟音が響き続ける。
刀は幾度も交差を繰り返し、互いの得物に宿る魔力の欠片が燐光を溢れさせる。
恐らく蜘蛛の刀じゃ無かったら、こんな打ち合いには耐えられなかった。普通の刀なら魔力で強化しても一合ももたない。たとえ『それなりの霊装』であったとしても、ここまで持ちこたえる事は不可能だろう。まるで『ここで必要になる事が分かっていた』かのような・・・
そして、千日手とも思える攻防の最中、ふいにチャンスが訪れた。
正成公が半歩下がり、大振りの攻撃を仕掛けてきた。狙いは僕の肩口、つまり袈裟掛けの一撃。
正成公の口元は愉悦に歪んでいる。
これは恐らく誘い。「狙っている事があるなら、そろそろ出せ」そういう誘い。
あぁ、その通りだ。ずっと狙っている事もあるし、この状態はまさに丁度良い機会。
正成公の袈裟斬りには刀を合わせず、体捌きだけで避ける。既に何度も受けたし避けて来た。正成公の刀の長さは体感で把握している。
少し斜め後ろに下がり、刀の間合いの僅か外に身体を置く。
そして刀が振り下ろされた瞬間、僕も渾身の一撃を放つ。
もちろん、打ち刀の方が圧倒的にリーチが長い。だから、この位置関係で僕の攻撃が届くはずは無い。
剣士であれば当然のように、そう理解する。理解してしまう。だからこそ、ここに付け入る隙がある。
僕は剣士でも武士でも無い。現代に生きる魔術師だ。
そして、この刀も刃の圧力や摩擦で物を切断しているわけじゃない。ただ切断力を発揮する事だけを目標にするならば、今の僕は刃物の長さに縛られる必要すらない。
蜘蛛の刀を掬い上げるように振り上げつつ僕はイメージする。
僕の刃は『正成公に届く程に十分に長い』と。
幾分弱まろうが僕の魔術はまだ確実に稼働を続けている。だから、僕の願いで、世界は「僕の刀」という極狭い範囲での現実の改変を許してくれる。
そして、切断の概念を付与された「架空の刃」が正成公に吸い込まれていった。




