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猫と僕と知らない世界  作者: シマタロウ
第一部4章:猫と僕と知らない世界

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4-2:悪鬼の中に潜む者 これさえ乗り切れば・・・また彼女に会えるのだから

 何故ここに至って切り札が残っているのか。


 それは切り札の特殊性に原因がある。これは依城さんを助けるための手段では無く、計画が失敗した時に「朱天への報復と戦闘の記録を取るため」に用意されていた手段。しかも死なば諸共プラン。用意しておいたけど使う場面は出て来ないだろうと、自分でもそう思っていたプラン。


 だが何の因果か、敵である朱天改め正成公の助けもあり実現できる状況が整ってしまった。世界から隔離されたこの場所なら、たとえこの手段を用いても『世界』に発見され消される危険性が無い事。発動に必要な魔力が魔力結晶という形で大量に温存されているという事。そして何より・・・依城さんが既に助かっていて、かつ巻き込む心配も無く、後は自分が生き残る事だけを考えれば良いという事。


 まるで何かに導かれたかのように条件が整っている。唯一問題があるとしたら左手が千切れたままだから戦力に不安がある事、ぐらいなものか。

 ほんと、何なんだろうね、この状況は。

 案外、全てを成功させるためには、今の状況を実現する事が必要だったのかな?それで何処かの僕がお膳立てしたとか?


 流石にそりゃねえな。


 今の事態を誘導するための手段なんて有るわけが無い。それこそ『神様』みたいな力が必要になるはずだ。そんなものがあるなら、ここまで苦労する事もないだろうし。

 と言うわけで、現実逃避の考察ごっこをしている内に覚悟は決まった。


「じゃあね、終わったら、すぐに呼び出すから」


『今度は早く頼むわよ。わたしだって、またナギに会えるのを楽しみにしてるんだから』


「大丈夫。次はみんなの力も借りれるからさ。そんなに待たせるような事は無いって」


『・・・だと良いわね』


 そう言ってクロは自分を構成する術式を解除し僕の中へと還って行った。

 切り札である術式、これを使えば僕の魔術回路や肉体は大きく変化する事が予想される。・・・恐らくクロを形作っている術式さえ維持する事が難しい程に。

 だから、もしコレを実行する事になった時は・・・こうする事に決めていた。ここからは独りで戦って生き残らないといけない。


 そして、僕は魔術で空間を少しだけ操作し、待機させていた魔力結晶を全て砕く。これからやる事のために魔力はあればあるほど良い。だから、もう出し惜しみは無しだ。


 術式自体は、さっきの戦いで使ったものより簡単。情報の捏造さえも必要としない。ただ遠い世界での『僕』の姿をここに引っ張ってくるだけなのだから。

 僕は色々な世界で色々な可能性を追求している。それこそ自分の頭では把握出来ない程に。そして、その中には本筋を離れて失敗した僕も無数にいる。

 依城さんを亡くし自棄になったもの。

 研究に邁進するも何の成果も出せなかったもの。

 朱天と戦った際の負傷により長く生きられなかったもの。

 それら無数の失敗の中でも飛び切りの『どうしようも無い失敗』と言えるようなものがある。


 世界を逆恨みし破壊しようとした僕。


 その僕は、たまたま目にした力に憧れ、その背中を追い、そして無意味な復讐に向かって突き進んでしまった。もちろん、最後は「世界に」・・・いや、ひょっとしたら「人間に」なのかも知れないけど、強大な力に押し潰されてしまった。生きる目的すら忘れ、無意味に力を求め、無駄に死んだだけの僕。何かになろうとしていたのかも知れないけど、そこにすら辿り着けなかった『人生を無駄に潰しただけの僕』


 だから、そんな無意味な生を送った『僕』を再現しても大した意味は無いはずだった。たとえ、この戦いを切り抜けたところで後が無い。どうせ何か大きな力で磨り潰されてしまうだけ。無数にある『僕』の記録が一つ増えるだけ。強いて言えばデータ取りという観点で少しは役に立つぐらいのものか。

 本来はその程度の意味合いしか無かった。でも、今はそんな『僕』の力こそが必要だ。


 過剰に供給される魔力を使って再び世界を騙しにかかる。ここにいる『僕』を『別の世界の僕』へと書き換えるための魔術。それを発動する。

 術式は難しいものではない。クロがいなくても僕だけで展開出来る。何と言っても、結局は僕が僕になるだけの魔術なのだから。


「僕は■■■■だ」


 世界に宣言し自分の作り替えを始める。

 実際には、そこまで手は届かなかったが、あそこの『僕』は何をとち狂ったか、そこを目指し突き進んでいたのだ。だから■■■■を自らのあるべき姿として宣言した。


 全身の魔力回路が作り替えられていく。より多く、強く、細かく、広大に。痛覚は止めているはずなのに、それでも全身に釘でも差し込んだかのような激痛が走る。

 それと並行して肉体そのものの強化も始まる。今までのような魔術の発射台として必要十分な程度のレベルではなく、人外と肉体だけで争えるレベルにまで強化・・・いや変質が進む。

 ベキベキと自分の体から聞こえてはいけない音が聞こえる。魔力回路も、肉体そのものも、不可逆な形で変化が進んでいく。

 そして、最後に変質した魔力回路と肉体を使用するための知識や経験がインストールされる。僕ではない僕の体験が、思考が、絶望が、僕の中に入り込んでくる。


 流れ込む情報のせいで、自分が何を考えていたか分からなくなる。

 世界の全てが憎くなる。

 自分の力の無さに失望する。

 何も出来ず何も残せなかった自分に絶望する。

 もし、この力があの時にあれば何かを変える事が出来たはず。でも、もう全てが手遅れなら、どう足掻いても手が届かないのならば。そう、それなら一度壊して、それからもう一度始めれば・・・


 いや違う。ここはまだ失敗する前の段階だ。依城さんは死んでいない。僕さえ生き残れば当面は大丈夫だ。

 そう、大丈夫だ。大丈夫。ちゃんと自分の事は分かっている。僕は、まだ失敗したわけじゃない。そうだ。これさえ乗り切れば・・・また彼女に会えるのだから。


 そして、いつの間にか閉じていた目を開ける。気が付かない内に地面にへたり込んでいた。正成公は・・・少し離れたところから、こちらを眺めている。


「随分と時間がかかっていたようじゃが、大丈夫かの?」


 こちらの心配をする程の余裕っぷり。そりゃ、向こうからすれば遊びみたいなものだしね、僕が人生の全てをかけようが、世界を騙してまで滅茶苦茶やってようが。実際、ここまでやったところで彼に届くかどうかは・・・正直よく分からないし。

 でも、それでも


「ええ、お待たせしました。これで準備は完了です。さぁ、始めましょうか」


 僕はそう言って蜘蛛の刀を構えなおした。


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