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エピローグ2――帰還

「じゃ、ここで本当にお別れだな」

 街道からの分かれ道。この先にはユウリの故郷、アヌカがあるだけで他に人里はない。リュウはこのまま街道を下り、次の街を目指す。

 宣言通り、リュウは最後までユウリの旅に付き合ってくれた。正直売り子を手伝った程度で贖えるものではなかったと思うが、それを言うとリュウは「自分もいい経験になったから」と笑うのだ。本当に、感謝してもしきれない。

「いつかアヌカにも寄らせてもらうよ。ラッカとも近いしな」

 本当は今すぐにでも招待してお礼をしたかったのだが、ジオウから急ぎの荷を預かったために叶わなかった。トウキ近辺の街道が崩れた影響で荷が滞っていたのだ。

 そのトウキ前も、帰りに通ったときには随分復旧が進んでいた。なんでも中央から応援の人員が派遣されたとかで、街の人々は喜んでいた。中央も変わりつつあるのだ。以前のように往来できるようになるにはまだ時間がかかるだろうが、見通しは明るそうだ。

「じゃあな。またいつか」

「うん。……ありがとう、リュウ。本当に」

 別れのときまでリュウはあっけらかんとしていて、ひらひらと手を振る。ユウリは最後に深く頭を下げた。

 一人に戻ると、心は呆気なく萎れていった。これでアヌカへ帰ればひとまずユウリの旅は終わる。だがその目的が果たせたかといえば、むしろ最悪の知らせを持ち帰る結果になってしまった。ユウリにはどうすることもできなかったが、だからといって割り切れるものでもない。ユナを失った後悔は心に重くのしかかったままだ。

 義理の母にとっては、唯一血のつながった娘だったのに。

 どう伝えたらいいのか、答えが出ないまま丘陵の先に故郷が見えてくる。しばらく離れただけなのに、どうしようもないほど懐かしい。

 家の近くまでくると、ちょうど母が洗濯籠を抱えて外へ出てきたところだった。思わず足が止まり、動けないでいる内に向こうが気づいた。母は洗濯籠をその辺にほっぽり出してこちらへと駆け寄ってくる。そんな風に走ったら転ぶんじゃないか、と心配している間もなくその勢いのまま抱きついてきた。

「ユウリ!あぁ、無事だったのね。よかった。本当に、ユウリなのね」

 胸がぶつかって痛いし、潰れそうに抱きしめられて苦しいのに、なぜだろう。それを上回る苦しみを伴うほど嬉しいと思うのは。

 腕を緩めて正面から顔を覗く。母は笑いたいような泣きたいような、微妙な顔をしている。

「もう、この子は。どれだけ心配したと思ってるの」

 言葉では叱りつつ、でもその手は優しくユウリの頭を撫でる。母は優しい。でもだからこそ、ユナの無事を確かめたくて旅立った。

「おかあさん、ユナは……ユナは、もう」

 それ以上は言葉にならなかった。声を出そうとすればするほど涙が溢れ、喉は締まって嗚咽しか出ない。

 母はユウリの手を温めるように握りこんだ。寒いわけではないのに、指の先はいつの間にか冷たく凍えていた。母の手の温もりがじわじわと伝わってくる。

「こんな重い悲しみを、あなた一人に負わせてしまっていたのね」

 ぽつりと母が言った。下を向いていたユウリはその声に呼応するように顔を上げる。涙でぼやける母の顔。

「でもその悲しみは、私たちみんなで背負うべきものだわ。家族なんだから」

 でもそこには、穏やかなこちらをいたわる表情が浮かんでいるのがわかる。涙は止まらないが、心は少しだけ救われた気がした。


「まぁ、じゃああなたまた中央へ行ってしまうの?」

 家に入ると、母は長旅の疲れを癒すようにと沢山の菓子やら果物やらを並べ、熱いお茶をたっぷりといれた。野良仕事から帰ってきた父が見て呆れるほどだった。母は、

「久しぶりに娘と水入らずで過ごせるんだからいいじゃない」

 と、はしゃいだ様子で自分の分も茶をいれて菓子をつまむ。

 ようやく心がほぐれてきたユウリはこの旅の瑣末をぽつぽつと語った。その中で、実は皇子から直々に中央へ請われていることを明かした。今度は中央から迎えが来ることになっている。今すぐという話ではないが、母は眉尻を下げて明らかに寂しそうにした。やっと帰ってきたと思ったのに、またいなくなってしまうなんて、と。

 ユウリ自身、それは思いがけない申し出だった。しかも皇子はユウリにお目付役を願いたいというのだ。侍女ですら遠慮したいところだというのに、荷が重いことこの上ない。それでも断りきれなかったのは、皇子の抱える事情を垣間見てしまったからだ。

 皇子が弱い身体なりに護身術を身につけているのは、いつ間者から命を狙われるともしれないからなのだった。宮廷という場は、誰が味方で誰が敵なのかわからないものらしい。ある時までは味方でも、いつの間にか寝返っているなどということもざらにある。そんな中で皇子は己の母たる女帝の元で執政に介入を強めるつもりでいる。これが今後どう転ぶかわからない。皇子は、味方がほしいのだ。宮廷の息のかからない、信用できる味方が。一度皇子を刺そうとしているユウリがその役にふさわしいかは疑問だが、皇子はそれでも手元に置きたいと思ったようだ。

 ヒュウゴウとの誓いを見届けた者として。

「まぁでも、中央のお方から直々に言われたなら仕方ないわね」

 母は膨れっ面をするが、そこにはおどけた空気があった。次には頬を緩めて笑う。

「行ってらっしゃいな。それでいつでも帰ってきなさい。人に求めてもらえるあなたは、私たちの自慢の娘よ」

 胸が詰まって声が出ず、ユウリはただ頷いた。

 窓の外は夕景へと変わりつつある。なだらかな丘陵を見ていると、旅のあれこれが思い起こされる。いくつもの街と、出会った人々。そしてまたこれからも、多くの出会いがあるのだろう。

 アヌカの陽は穏やかに、まるで何も変わらぬというように沈みゆく。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

 思っていたよりも随分と長くなってしまいました。

 何かと難しい世の中ですが、いっとき心を休めていただく一助となれていれば幸いです。

 ありがとうございました。

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