20XX年 9月某日 妹の見た夢 そして……
彼女を取り調べた若い刑事と、彼女が留置所にいる間に世話をした婦警。
二人は、彼女の両親の元に向かっていた。
警察庁関連の、精神鑑定施設から、彼女が忽然と姿を消したのだ。
しかも、同時に職員が二人、同じように姿を消している。
MRIを担当した医師二人も、かなりの怪我を負っていた。
だが、彼らは、彼女に危険性は感じられなかったと、口を揃えて証言している。
しかし、現に事件はこうして起こっている。
いっしょに消えた彼女の友人たちも、未だに行方不明なのだ。
真相を解明するには、彼女に関わった中で唯一生存が確認できる、彼女の妹に、その真相を尋ねてみるしかない。
しかし、姉が何も知らない、何もやっていないと、あれだけ騒いでいたのだ。
若い刑事は、妹からの情報も、あまり期待できないと感じていた。
彼女の両親へは、捜査上で得た情報を伝えなくても良いと了承を得ている。誓約書さえ、書いて貰っている。
だから、彼女が精神鑑定施設で起こした事件も、話す必要はない。
彼女の世話をした婦警も、その辺は分かっていると思うのだが。
あっさりと、彼女が警察署員に保護され、留置室に留められたことを、両親に話してしまった。
若い刑事は内心、大いに焦った。あの、人権に全く配慮しない扱いが世間に露見したら、どうするつもりなんだろう。
しかし婦警は、このことはまだ内密にしていて欲しい。情報が漏れると、捜査の邪魔になってしまうので、と冷静な口調で両親に話した。
なぜ、そんな大切な事を私たちに話すのか? そう、両親が尋ねた。
「彼女は今も生きています。彼女がここに戻って来たときに、お二人には温かく迎えてあげて欲しいからです」
そう、婦警は理由を告げた。
それに、と、婦警は付け加える。
「真実を知らないままだと、お二人の心が参ってしまいます。そうなると、彼女が戻って来たときに、帰る場所が無くなってしまいますから」
そう、付け加えた。
両親の顔が、ほんの少しだけ、明るくなる。
婦警は、若い刑事に階下で待っているように伝えると、妹がいるという二階へ昇って行った。
~ ・ ~
「入るわよ?」
婦警は優しく声を掛けて、妹の部屋の戸を開けた。
カギは掛けていないようだ。
部屋の隅でうずくまっている、中学生くらいの女の子が、顔を上げた。
婦警も同じように、腰を下ろした。
「何か、ご用ですか? 私、何も覚えていないんで、話す事が無いんです」
そう、妹は不安そうな顔で話した。
「ううん、話があるのは、私の方なの」
努めてにこやかな笑顔で、婦警は慎重に話し始めた。
「あなたのお姉さんと私、事件の後で会ったことがあるのよ」
「え?」
妹が、びっくりしている。
「あなたたちが急にいなくなってから、しばらく経った後になるわね。お姉さんは警察に保護されたのよ」
「ほ、本当ですかっ!」
身体は動いていない。膝を抱えたままだ。でも、妹の目に、少しの希望が宿った。
20XX年 8月30日 13:38 妹は、自宅の入口に倒れた状態で見つかった。
両親が気付いて、すぐに警察に連絡した。
捜査が行われたが、自宅の、そして周囲の防犯カメラにも、妹を運んできたと思われる車両は確認できなかった。
まさに突然、妹は現れたのである。いや、生きて帰ってきたと言うべきか。
そして、やはり妹は何も知らず、何も覚えていなかった。
事件当日の、彼女たち全員が失踪する直前のことも、覚えてはいなかった。
その後、どうなったのかも、全く分からないようだった。
姉の友人たちの事も、一緒にいたのかどうか、何をしていたのか、全く身に覚えがなかった。
ただ、姉の存在だけは、理解していた。
姉と一緒にいた。いたはずなのに。忘れることなど出来ないはずなのに。
なのに、何が起きたのかは、覚えていない。
でも、姉がとても大事な事をしてくれたのだという事は、分かるのだそうだ。
「私、その時にお姉さんの担当だったの。だから、間違いないわ」
「姉は、今どこにいるんですか?」
婦警は、首を振った。
「また、どこかに消えてしまったわ。あなたたちのように」
妹の目に宿った光が、再び消える。
「お姉ちゃん……」
婦警は、妹の肩に優しく触れた。
「お姉さんは、きっと生きてるわ。きっと、あなたの元に帰ってくる。だから、あなたはしっかりしていて欲しいの。そうじゃないと、お姉さんは帰れなくなるわ」
気休めかもしれない。もしかしたら、私はこの家族に残酷な希望を、叶う事の無い希望を差し伸べているのかもしれない。
でも、どうしても、婦警は彼女が生きているとしか思えなかった。
あの、不屈の精神があるなら、彼女は何があっても希望を捨てないだろうと思っていた。
そう、思いたかっただけかもしれない。
人は、理解できない存在や現象の前では、あまりに無力だから。
それでも、最後まで希望を捨ててはいけない。
婦警は、妹の肩に触れながら、自分の思いが伝わればいいと、願っていた。
(おわり)




